第3話:村人の誤解と伝説の始まり
リリスという名の、人畜無害な村娘を装った爆弾を抱え、ユウマ一行はようやく次の村の入り口へとたどり着いた。
石壁に囲まれた、何の変哲もない小さな村だ。村の門の前では、二人の衛兵が退屈そうに槍を構えている。
(よかった…! 普通の村だ。ここでなら、きっと…!)
ユウマが淡い期待を抱いたのも束の間、一行の姿を認めた衛兵たちの顔が、さっと引きつった。
無理もない。彼らの目に映ったのは、あまりにも異様な集団だった。
一目で魔王軍の幹部とわかる、禍々しい覇気を放つ巨漢のオーク(ガガル)。
聖女のごとき神聖なオーラを纏い、そのオークを睨みつけている美女。
その二人に挟まれ、死人のようにやつれた顔をした、平凡な男。
なぜかその男の腕に、ぴったりと絡みついている村娘。
そして、そのオークが片手で軽々と引いている豪華な馬車と、中で気絶している貴族らしき男。
情報量が多すぎる。衛兵の一人が、震える手で警鐘に手をかけた。
「ま、待て! 何者だお前たち! そのオークは…村を襲いに来た魔物か!」
(ほら、やっぱりこうなる!)
ユウマはパニックになった。ここで騒ぎになれば、絶対に目立つ。穏便に、平和的に、事を収めなければ。
そして、彼が知る唯一の平和的解決手段は、一つしかない。
ユウマはガガルの背中をポンと叩き、前へ押し出した。そして、自らはその場で勢いよく――土下座した。
「も、申し訳ありません! 我々は決して怪しい者では…! このオークも、僕の連れですので、どうか危害を加えないでください! 静かに入村させていただければ、それでいいんです!」
完璧な謝罪。完璧な低姿勢。
これで衛兵たちも、こちらに敵意がないことを理解してくれるはずだ。
……ユウマの『概念誘導』がなければ、の話だが。
ユウマの行動は、三人の仲間たちによって、全く違う意味に解釈された。
【ガガルの解釈】
(ユウマ様が、俺を前に押し出し、ひれ伏された…。これは合図だ! 『我が力を示し、この者たちの度肝を抜け』という、無言の命令に違いない!)
「御意!」
ガガルは天に向かって雄叫びを上げ、その身から魔王軍幹部としての覇気を最大限に解放した。凄まじい魔力が嵐となって吹き荒れ、村の門がビリビリと震える。
【アリアの解釈】
(賢者様が、またあの慈悲の儀式を…! これは、この村の平和と、衛兵たちの魂の平穏を願う祈り! 私も、賢者様のお心に応えなければ!)
アリアは静かに目を閉じ、祈りを捧げ始めた。彼女の身体から、ユウマの『光の衣』に呼応するように、温かくも神々しい聖なる光が溢れ出す。
【リリスの解釈】
(フフフ…面白い! なんて鮮やかな手綱さばきなの! まず、オークに力を示させて威圧し、同時に聖女には祈らせて敵意がないことを示す。恐怖と安堵を同時に与えて、相手の思考を支配する…。これが、魔神すら超えた男のやり方なのね!)
衛兵たちの視点から見れば、それはまさに地獄絵図だった。
土下座した男の合図一つで、オークが村を滅ぼせるほどの魔力を解放し、同時に聖女がそれを浄化するかのような聖なる光を放っている。
「な…なな…!」
「魔物を使役し、聖職者をも従える…! ま、まさか、伝説の…!」
「テイマー…いや、サモナーだ! それも、国家転覆級の!」
衛兵たちの恐怖と、『安全な暮らしを守りたい』という欲望がトリガーとなり、ユウマの土下座は**「伝説の召喚士による、支配者のデモンストレーション」**という極端な概念へと昇華された。
警鐘の音を聞きつけて飛び出してきた村長は、その圧倒的な光景を前に、全てを理解した。
彼は衛兵たちの前に駆け寄ると、ユウマに向かって、震えながらも最も丁寧な礼をもってひれ伏した。
「よ、ようこそお越しくださいました、偉大なる召喚士様! 我がトリス村は、貴方様のご来訪を、心より歓迎いたします!」
「……へ?」
ただ、腹ペコを満たすために、静かに村へ入りたかっただけなのに。
ユウマは、自分を迎えるために跪く村人たちを前に、土下座の姿勢のまま、静かに意識を失った。




