第二十八話 王の誓いと星見の塔
「我が友よ」
王がユウマの肩に置いた手は、老いてなお、力強かった。その瞳に宿る、燃え盛るような決意の光を前にして、ユウマはもはや、言葉を発することはおろか、瞬きすることさえできなかった。
王は、土下座したままのユウマをゆっくりと立たせると、謁見の間にいる全ての者たちに向き直り、高らかに宣言した。
「聞け、我が臣下たちよ! 本日、この王国は、真の意味で生まれ変わる!」
王の声が、荘厳なホールに響き渡る。
「我々は、友たる賢者ユウマの『告白』により、目を覚ました! 王、宰相、貴族…我らが纏いし、その傲慢なる『偽物』の衣を脱ぎ捨て、今こそ、真に民のための国を築くのだ!」
貴族たちが、息を呑んで王の言葉に聞き入っている。
「この偉大なる天啓への感謝と、我らが誓いの証として!」
王は、ユウマの肩を抱き、再び宣言した。
「ユウマ殿に、王国最高の栄誉職、『王国大賢者』の地位を授ける! そして、大賢者とその仲間たちには、王城にありし伝説の『星見の塔』を、永代の住居として与えるものとする!」
『王国大賢者』
『星見の塔』
その二つの言葉が響いた瞬間、謁見の間の空気が震えた。『星見の塔』とは、建国王が、国を導いた初代大賢者のために建てさせたと伝えられる、王城の中でも特別な場所。数百年もの間、主のいなかった伝説の塔だ。
その意味するところは、一つしかない。
王は、この少年を、建国の英雄と、同格の存在として認めたのだ。
一瞬の静寂の後、宰相セイファート公爵が、誰よりも早くその場に膝をついた。
「陛下のご聖断、誠に天晴れに存じます! そして、大賢者ユウマ様の誕生を、心よりお祝い申し上げます!」
それを皮切りに、全ての貴族たちが、波が引くように一斉にひれ伏した。
「「「大賢者ユウマ様、万歳!!」」」
地鳴りのような歓声が、謁見の間を揺るがす。
(だ、大賢者…? 塔に…住む…?)
ユウマの脳は、処理能力の限界を超え、完全に機能を停止していた。白い光が明滅し、仲間たちの声だけが、やけにクリアに聞こえてくる。
「王国大賢者! フン、悪くない称号だ! 我が主君が、いずれ魔王として君臨するまでの、仮の座興としてはな!」
ガガルは、満足げに頷いている。
「星見の塔…。かつて、多くの聖人が、女神様の神託を受け取ったと伝えられる聖地ですわ。賢者様がお住まいになるのに、これ以上ふさわしい場所はありません…!」
アリアは、目に涙を浮かべて感動に打ち震えている。
「あら、金色の鳥かごってわけね。面白じゃない」
リリスだけが、ユウマの耳元で、楽しそうに囁いた。
「王様直々に、あんたをこの国に縛り付けたのよ。逃げられるもんなら、逃げてみなさいな」
ユウマは、もはや自分がどこにいて、何をしているのかも分からないまま、近衛騎士たちに導かれ、謁見の間を後にした。
彼が連れてこられたのは、王城の最も奥まった、美しい庭園に囲まれてそびえ立つ、一本の古く、美しい塔だった。
扉を開けると、中は数百年分の埃が積もってはいたが、螺旋階段が天へと続き、壁は巨大な本棚で埋め尽くされている。そして、最上階の窓からは、王都の全てと、その向こうに広がる空と星々が、一望できた。
「ここが、今日から、我々の家…」
アリアが、感慨深げに呟く。
パタン、と、背後で近衛騎士が閉めた重い扉の音が響いた。
ユウマは、ゆっくりと、最上階の窓へと歩み寄った。
眼下には、自分のために熱狂する民衆。背後には、自分を崇める従者たち。そして、この国そのものが、彼の「導き」を待っている。
彼は、この美しい塔の頂に、完全に囚われたのだ。
王都に来て、美味しいご飯を食べて、人混みに紛れて、仲間たちから逃げる。
そんなささやかな願いは、今や、銀河の彼方よりも遠い。
ユウマは、窓枠に額をこすりつけ、静かに、ただ静かに、涙を流した。
彼の新しい人生は、王国で最も高い地位と、最も美しい牢獄の中から、今、始まった。




