第二十七話 玉座の告白と王の天啓
王城へと向かう馬車の中は、異様な緊張感と期待感に満ちていた。
ガガルは来るべき「交渉」に備えて戦斧を磨き、アリアは王の魂が救われるようにと祈りを捧げ、リリスはこれから始まる最高のショーに胸を躍らせている。
その中心で、ユウマは一人、覚悟を決めていた。
(もう、演じるのは終わりだ。王様の前で、全部ぶちまけるんだ)
偽物であること。
何の力もない、ただの一般人であること。
全ては勘違いの連鎖でしかないこと。
それで処刑されるなら、それも仕方ない。
このまま、勘違いされた救世主として生きるより、ずっとマシだ。
それは、彼の人生最大にして、最後の賭けだった。
やがて馬車は、巨大な王城の正面玄関に到着した。
重々しい扉が開かれ、一行が足を踏み入れたのは、途方もなく広大な謁見の間だった。天井からは、星々を閉じ込めたかのようなシャンデリアが輝き、磨き上げられた大理石の床には、ずらりと並んだ王国貴族たちの姿が映っている。その視線すべてが、一身にユウマへと突き刺さっていた。
長い、長い絨毯の先。ひときわ高い玉座に、白髪の老王が静かに腰掛けていた。その威厳に満ちた姿は、国の歴史そのものを体現しているようだった。
ユウマたちは、玉座の前まで進み、膝をつく。
老王は、静かに、しかし全てを見透かすような瞳で、ユウマを見据えた。
「面を上げよ、賢者ユウマ」
王の声は、老いてなお、謁見の間に響き渡るほどの張りを持っていた。
「宰相が、貴公を『この国の病を癒す天啓そのもの』と評した。王都の民は、貴公を『我らが救世主』と呼んで、その名を讃えている。…余に、そなたの真の姿を見せてみよ」
真の姿。
ユウマは、ゴクリと喉を鳴らした。
これが、最後のチャンスだ。
彼は、ゆっくりと立ち上がると、謁見の間にいる全ての貴族、騎士、そして王に向かって、震えながらも、はっきりとした声で叫んだ。
「私は、偽物です!」
謁見の間が、水を打ったように静まり返る。貴族たちは顔を見合わせ、宰相セイファート公爵でさえ、驚きに目を見開いていた。
ユウマは続けた。
「賢者でも、聖者でも、救世主でもありません! 僕はただの、何の力もない一般人です! 全ては、何かの間違いで…! 大きな、大きな勘違いなんです!」
そして彼は、その場に勢いよく身を投げ出し、日本古来より伝わる、究極の謝罪と降伏の姿勢――土下座をした。
「ですから、どうか…! もう僕をそっとしておいてください! 故郷へ帰してください!」
完璧な告白。
完璧なまでの、自己否定。
これで、全てが終わるはずだった。
しかし、その瞬間、世界は、ユウマの最後の願いを、最も残酷な形で裏切った。
玉座に座る王の**『真の救いを求める渇望』。
謁見の間にいる全ての者たちの『伝説を目撃したいという欲望』。
それらが、ユウマの『偽物であるという告白』**をトリガーとして、『概念誘導』を、神の奇跡と見紛うレベルで発動させたのだ。
【ユウマの『偽物(無価値)』という概念が、王の『真実への渇望』によって、『本質(真理)』の概念へと反転・昇華される】
静寂の中、老王の口から、感嘆のため息が漏れた。
(…偽物…だと…?)
王の脳裏に、ユウマの言葉が、全く違う意味を持って響き渡っていた。
(この少年は、『私が偽物だ』と言っているのではない。『賢者』や『救世主』という称号こそが偽物なのだと、そう言っているのだ!)
(王、宰相、貴族、聖職者…! 我々が拠り所としている、その全ての権威や身分は、虚飾にすぎない『偽物』なのだと!)
(そして、その全ての『偽物』を脱ぎ捨て、ただの一個の人間としてひれ伏すことで、真の価値は、地位や名誉ではなく、その魂のあり方にあるのだと、その身をもって示している!)
それは、告白ではない。
国の頂点に立つ、全ての権力者たちに向けられた、痛烈な説法。
腐敗した権威を否定し、国家の『本質』を問い直す、革命の狼煙。
「……そうか」
ゆっくりと、老王が玉座から立ち上がった。その瞳には、先ほどまでの疲れの色はなく、若い頃のような、力強い光が宿っていた。
「そうであったか…。余は、王という『偽物』の衣を纏い、国の病から目を背けておった。宰相も、貴族たちも、皆そうだ。そなたの言う通りだ」
王は、玉座から降りると、土下座したままのユウマの前に立ち、その肩に、そっと手を置いた。
「面を上げよ、賢者ユウマ。…いや、我が友よ」
王の声は、慈愛と、そして絶対的な決意に満ちていた。
「そなたの『告白』、確かに受け取った。余は、王という『偽物』を捨て、この国を立て直すことを、今、ここに誓おう。そして、そなたには、そのための道標となってもらいたい」
(……へ?)
土下座したまま顔を上げたユウマが見たのは、何かに目覚めたように、神々しいまでの覇気を放つ老王の姿だった。
そして、その周りで、感極まったように涙を流し、一斉にひれ伏す貴族たちの姿だった。
彼の最後の賭けは、最悪の形で、大成功してしまった。
彼は、処刑されるどころか、この国の王に、革命の思想的指導者として、完全に認められてしまったのだ。
もう、逃げ場も、誤解を解く術も、何も残ってはいない。
ユウマの運命は、彼が最も望まない形で、この国の歴史と、完全に一つになった。




