第22話:服従の仕立て屋と賢者の装い
セイファート公爵家の騎士が、恭しく片膝をついたまま、ユウマの返事を待っている。
しかし、当のユウマは、金色の招待状を握りしめたまま、完全に固まっていた。頭の中は、宰相、公爵、晩餐会、という単語がグルグルと回り、意味をなさない。これは罠だ。断頭台への招待状に違いない。
ユウマが声を発する前に、彼の背後から優雅な声がした。
「まあ、ご丁寧にどうも。もちろん、喜んでお受けいたしますわ」
リリスだった。彼女は、まるで自分が招待されたかのように自然に、騎士に微笑みかける。
「うちの人が、ちょうど退屈していたところですの。公爵様によろしくお伝えくださいな」
「は、ははっ! かしこまりました!」
騎士は、リリスの妖艶な美しさに一瞬気圧されながらも、承諾の返事を得て安堵したように立ち上がり、一礼して退出していった。
扉が閉まると、ユウマはリリスに詰め寄った。
「な、なんで勝手に返事してるんだよ! 行くわけないだろ、そんな恐ろしいところに!」
「あら、行かないという選択肢があったのかしら?」
リリスは、面白そうにユウマを見つめる。
「宰相閣下のお招きを断るなんて、この国に反逆しますって宣言するようなものよ。あんた、そんなに戦争がしたいの?」
「そ、そんなわけないだろ!」
「だったら、行くしかないじゃない」
リリスの言葉に、ぐうの音も出ない。ガガルとアリアも、当然行くべきだと頷いている。
「当然ですな! ユウマ様が、国のトップに直接会う。これぞ覇道の第一歩!」
「ええ。公爵様も、きっと賢者様のお導きを求めているのでしょう」
四面楚歌。ユウマの逃げ場は、完全になかった。
彼は、その場にへたり込み、頭を抱える。
「行くって言ったって…何を着ていけばいいんだよ…。俺、こんなボロボロの服しか持ってないのに…」
それは、ただの時間稼ぎのための、弱々しい抵抗の言葉だった。しかし、その言葉は、仲間たちに新たな使命感の火を灯した。
「「「確かに!!」」」
三人の声が、綺麗にハモった。
「ユウマ様の偉大なる御身を、そのような布切れで包んでおくなど、あってはならない!」とガガル。
「賢者様の聖なるお身体には、それにふさわしい清らかな衣が必要ですわ!」とアリア。
「そうよ! 私のかわいいおもちゃが、みすぼらしい格好でパーティーに出るなんて、私のプライドが許さないわ!」とリリス。
「いや、俺は別にこのままで…」
「「「なりません!!」」」
こうして、ユウマ本人の意思を完全に無視した、「賢者ユウマ様を最高にドレスアップさせよう」プロジェクトが、強制的に始動した。
リリスに引きずられるようにして連れてこられたのは、王都の貴族街でも、一際きらびやかな大通りに店を構える、最高級の仕立て屋だった。
店の主人である、神経質そうな初老の男は、最初、ユウマの場違いな服装を見て侮蔑の目を向けた。しかし、リリスがカウンターに金貨の詰まった袋を無造作に置くと、その態度は一変。さらに、店の外でガガルが仁王立ちして客を威嚇し始めると、主人の顔は恐怖で引きつった。
「さあ、始めるわよ」
リリスの指揮のもと、ユウマの地獄のファッションショーが始まった。
金糸銀糸で刺繍された派手な上着、フリルだらけのシャツ、貴族趣味丸出しのタイトなズボン。着せ替え人形のようにされるがままのユウマは、鏡に映る自分の滑稽な姿を見て、本気で泣きそうになっていた。
「違う! これも違うわね!」
リリスが次々と服を却下し、店の主人が疲労困憊になった頃だった。
主人は、最後の望みをかけて、ユウマの採寸を始めた。
「も、申し訳ございません、旦那様…。こ、こうして直接お体に触れて、最高の生地を見立てさせていただきますので…」
主人の手が、ユウマの肩に触れた、その瞬間。
仕立て屋として**『この人物に完璧に似合う服を作りたい』という職人の矜持**。
それが、ユウマの**『お願いだから目立たない普通の服にしてくれ』という悲痛な願い**と衝突し、『概念誘導』が奇跡的な化学反応を起こした。
【ユウマの『普通(没個性)』を求める概念が、職人の『完璧(超個性)』を求める概念と融合 → 『究極的にシンプルでありながら、着用者の存在感を極限まで高める』という至高の概念へと昇華される】
主人の脳内に、天啓が閃いた。
目の前の少年。その本質は、派手な装飾ではない。あらゆる無駄を削ぎ落とした、完璧なまでの『シンプル』。その一点を突き詰めれば、彼の存在は、どんな宝石よりも輝くはずだ。
「……これだ」
主人は、何かに取り憑かれたように呟くと、店の奥から一枚の布を持ってきた。それは、夜の闇そのものを織り上げたかのような、深く、艶やかな黒の生地だった。
「これだ…これしかない…! この方のための、至高の一着が、今、私には見える…!」
主人は、狂気的な集中力で生地を裁断し、縫い始め、ユウマたちはその夜、宿へと戻された。
そして、翌日の夕刻。
届けられた一着の服を前に、ユウマは言葉を失った。
それは、どこにも刺繍も装飾もない、ただの黒い上着とズボンだった。
しかし、その仕立ては神業としか言いようがなかった。身体のラインに完璧に沿いながら、窮屈さを一切感じさせない。生地は、光の加減で星空のようにも、深淵のようにも見えた。
それを身に纏ったユウマは、もはやただの村人Aではなかった。
どこの国の者か、どれほどの身分か、一切が謎に包まれた、若く、ミステリアスな大貴族。あるいは、正体を隠した王族そのもの。
その姿は、目立ちたくないという彼の願いとは真逆に、嫌でも人の目を惹きつける、抗いがたいオーラを放っていた。
鏡の前で呆然と立ち尽くすユウマを見て、仲間たちは満足げに頷いた。
「フン。ようやく、我が主君に少しは近づいたか」
「まあ…。なんと、お美しい…」
「上出来じゃない。これなら、パーティーの主役になれるわね」
(な、なりたくないんだよぉぉぉぉっ!!)
ユウマの心の絶叫は、誰にも届かない。
彼は、完璧に仕立て上げられた『賢者ユウマ』という役を無理やり着せられ、今まさに、この国で最も危険な舞台――宰相の晩餐会へと、引きずり出されようとしていた。




