第21話:王の食事と金色の招待状
バレリウス司教が去った後、部屋には再び静寂が戻った。しかし、それは先ほどまでの安らぎのある静寂とは全く違う、ユウマの心臓の音だけがやけに大きく響く、悪夢のような沈黙だった。
「…なんだったんだ、今のは…」
ユウマが、ようやく絞り出した声は掠れていた。
その問いに、仲間たちは待ってましたとばかりに口を開く。
「お見事でした、ユウマ様! あのような傲岸不遜な司教を、言葉一つで黙らせるとは! まさに魔王の威光!」
ガガルは、己の再生した腕を握りしめ、興奮冷めやらぬ様子だ。
「いいえ、ガガルさん。あれは威光ではありません。賢者様の『知は神の御前にあって無に等しい』という、深遠なる真理が、司教様の魂を揺さぶったのですわ」
アリアは、法悦の表情で胸の前で手を組んでいる。
「どっちでもいいけど」とリリスが面白そうに唇を舐めた。「要するに、この国で一番エラそうな神官が、あんたに完全にビビって帰って行ったってこと。おかげで、面白いことになりそうじゃない」
(面白いことになんて、なってほしくない…!)
ユウマは心の中で絶叫しながら、再びソファに崩れ落ちた。何をどう考えても、事態は悪化の一途を辿っている。
その時、控えめなノックと共に、支配人が再び部屋に現れた。しかし、その顔は先ほどよりもさらに青ざめ、ユウマを見る目には、もはや神を見るかのような畏怖の色が浮かんでいた。バレリウス司教が、丁重に頭を下げて帰っていったという報告が、すでに行き渡っているのだ。
「け、賢者様…! お、お食事の準備が整いました…! 我らが宿の、料理長が、賢者様のために腕によりをかけて…いえ、魂を込めてお作りした、ささやかなお食事でございます!」
支配人の合図で、銀の盆を手にした給仕たちが、魚の群れのように滑らかに入室してくる。テーブルの上に並べられていくのは、もはや食事というよりは芸術品だった。黄金色に輝く鳥の丸焼き、宝石のようにきらめく果物、見たこともない魚介のスープ。それは、国王の晩餐会にでも出されるような、途方もなく豪華な饗宴だった。
(これが…ささやかな食事…)
ユウマが呆然とする中、支配人は深々と頭を下げて退出していった。
「おお! 美味そうだ!」
ガガルは早速、巨大な鳥の脚にかぶりつく。
「ユウマ様! これを!」
アリアは、最も栄養価の高そうなスープをユウマの前に差し出す。
リリスは、テーブルに置かれた年代物のワインの香りを確かめ、満足げに頷いていた。
ユウマは、目の前に並べられたご馳走を、ただ呆然と見つめていた。
確かに、彼は温かくてまともな食事がしたかった。だが、こんなものを望んだわけではない。一口食べれば、もう二度と、普通の食事には戻れないような気がした。
ユウマが、銀のフォークを震える手で握りしめた、その時。
またしても、扉がノックされた。
今度の来訪者は、支配人ではなかった。
寸分の隙もなく磨き上げられた鎧を纏い、腰には見事な装飾の剣を下げた、騎士然とした男だった。その胸には、黄金の獅子が刻まれた紋章が輝いている。それは、この国で最も権勢を誇る、セイファート公爵家の紋章だった。
騎士は、部屋の中を一瞥すると、まっすぐにユウマの前まで進み出て、恭しく片膝をついた。
「賢者ユウマ様、とお見受けいたします」
騎士は、懐から取り出した、金色の紐で封をされた羊皮紙の巻物を、ユウマに捧げ持った。
「我が主、宰相オーギュスト・フォン・セイファート公爵より、賢者様へ。明日の晩餐へ、ご招待申し上げます」
宰相。公爵。
この国の政治を実質的に動かしている、最高権力者からの、招待状。
それは、丁寧な言葉で綴られた、決して断ることのできない召喚状だった。
ユウマは、その金色の輝きを放つ招待状を、まるで死刑執行令状でもあるかのように、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
教会のトップに目をつけられ、今度は政府のトップに呼び出される。
彼の人生は、もはや彼一人のものではなくなっていた。王都という巨大な舞台の上で、彼は本人の意思とは無関係に、主役を演じさせられようとしていた。




