第19話:静寂の王室と教会の来訪者
重厚な扉が閉まると、嘘のような静寂が訪れた。
外で熱狂していた群衆の声は、もはや遠い嵐のようにしか聞こえない。ユウマは、自分が生まれて初めて見るような、王族が使うであろう豪華絢爛なスイートルームのど真ん中に、ぽつんと立ち尽くしていた。
「ふむ。まあまあの部屋だな。ユウマ様のお体を休めるには、及第点といったところか」
ガガルは、腕を組んで仁王立ちしながら、謎の上から目線で部屋を評価している。
「素晴らしいお部屋ですわ。窓から大聖堂が見えます。きっと、賢者様がいつでも祈りを捧げられるようにとの、女神様のお計らいでしょう」
アリアは、バルコニーに出て、うっとりと王都の景色を眺めていた。
「へえ、バスルーム、大理石製じゃない。ケチ臭いわね」
リリスは、早速部屋の隅々までチェックし、文句をつけている。
三者三様の感想が飛び交う中、ユウマは一人、現実から切り離されていた。
(夢だ…これはきっと、悪い夢なんだ…)
彼はふらふらと、天国の雲のように柔らかいソファに倒れ込み、力なく呟いた。
「こんなはずじゃ…なかったのに……」
その絶望に満ちた呟きを、仲間たちは決して聞き逃さない。
「ユウマ様!」
ガガルが駆け寄ってくる。
「やはり、この部屋ではご不満でしたか! よろしい、今すぐ支配人を呼びつけ、我が主君にふさわしい宮殿を丸ごと用意させましょう!」
「いいえ、ガガルさん。違います」
アリアが、悲しげな表情でユウマを見つめる。
「賢者様は、ご自身の贅沢を憂いておられるのです。巷には、まだ救いを待つ人々が大勢いるというのに、自分だけがこのような場所で休むことを、お許しになれないのですよ…なんと慈悲深いお方…」
「あら、違うと思うけど」
リリスが、ソファの背もたれからひょっこり顔を出す。
「この子、次の手を考えてるのよ。民衆の心を掴んだ今、次にどうやってこの国の権力者どもを手玉に取るか。その策略の重圧に、少しだけ疲れてる。そういう顔よ」
(違う違う違う! 全部違うんだよ!)
ユウマは心の中で絶叫するが、もはや訂正する気力も残っていない。三者三様の壮大な勘違いが、BGMのように彼の周りで渦巻いていた。
その、時だった。
コン、コン、と、部屋の扉を叩く、丁寧だが威圧的なノックの音が響いた。
「む?」
ガガルが警戒しながら扉を開けると、そこには、豪奢な刺繍が施された法衣を纏った、初老の男性が立っていた。その厳格な顔つきと、鋭い眼光は、彼がただの聖職者でないことを示している。両脇には、武装した神殿騎士が二人、控えさせていた。
男は、部屋の中を一瞥すると、ガガルやリリスの姿に眉をひそめ、やがてソファでぐったりしているユウマに視線を定めた。
「私が、王都大聖堂の司教、バレリウスだ」
男は、抑揚のない声でそう名乗った。
「街が、終日騒がしい。曰く、『聖と魔を従えし賢者が現れ、触れるだけで奇跡を起こした』と。…少年よ」
バレリウス司教の目が、剃刀のようにユウマを射抜く。
「女神の名において問う。貴様、一体、何者だ?」
それは、尋問だった。
街の噂を鵜呑みにしない、教会の最高幹部による、真偽を確かめるための、冷徹な問い。
ごまかしも、勘違いも通用しないかもしれない、権威と秩序からの挑戦状。
ソファの上で死んでいたユウマは、その鋭い視線と問いかけに、カッと目を見開いた。
背中に、氷のように冷たい汗が、つっと流れるのを感じた。




