第百八十八話 暴走する器と、脱出の決意
「ユウマ様!」
「主サマ!」
リリスを先頭に、仲間たちは崩壊し始めた『鳳凰の間』へと飛び降りた。
床には気絶した魔術師たちが転がり、壁からは火花が散っている。そして、部屋の中心にあるベッドの上で、ユウマは依然として激しく痙攣し、苦悶の声を上げていた。彼の身体からは、制御を失った概念の力が、嵐のように吹き荒れている。
「ユウマ様! しっかりしてください!」
アリアが駆け寄り、ユウマの額に手を当てる。聖なる癒やしの光を送ろうとするが、ユウマの身体から放たれる、あまりにも強大な力の奔流に阻まれ、光が霧散してしまう。
「くっ…! ダメですわ! 内側からの拒絶が強すぎて…!」
「原因は、これね!」
リリスが指さしたのは、ユウマの腕の中、激しく明滅を繰り返すチビすけの宝玉だった。虹色の光は、もはや悲鳴のようだ。そして、その表面には、微かに、しかし確実に、黒い亀裂のようなものが走り始めていた!
「チビすけ!?」
ユウマが、苦痛の中で、かろうじて目を開けた。彼の視界に映るのは、傷つき、苦しんでいる我が子の姿。
「俺の…せいか…?」
ウィルナス王による連日の実験。無理な力の引き出し。それが、ユウマ自身だけでなく、彼と深く繋がるチビすけにも、限界を超えた負荷を与えていたのだ。
「パ…パ…」
チビすけの、か細い声が、ユウマの脳内に響く。苦痛に満ちた声。
その声を聞いた瞬間、ユウマの中で、何かが、完全に切れた。
これまで、ただ受け入れ、耐えるだけだった彼の心が、初めて、明確な怒りに染まった。
ウィルナス王への怒り。自分を玩具のように扱い、あまつさえ、我が子まで傷つけた、傲慢な王への、燃えるような憤怒。
ゴオオオオオオオオッ!!
ユウマの身体から放たれる力の奔流が、その性質を変えた。
無秩序な暴走ではない。明確な指向性を持った、破壊の意志。
部屋の壁が、天井が、床が、まるで内側から爆発するかのように、粉々に砕け散っていく!
「まずい! 城ごと、崩れるぞ!」
ガガルが叫ぶ。
「行くわよ!」
リリスは、ユウマを無理やり抱え上げると、叫んだ。
「ガガル、壁を壊して! アイ、援護! アリア、ユウマとチビすけの状態を維持して!」
リリスの的確な指示のもと、一行は、崩壊する部屋からの脱出を図る。
ガガルが、戦斧で外壁を豪快に破壊し、脱出口を作り出す。
アイが、駆けつけようとする城の警備兵たちを、牽制の矢で足止めする。
アリアは、必死に、ユウマとチビすけに、治癒と安定の祈りを送り続ける。
一行が、破壊された壁の穴から、夜空へと飛び出した、その瞬間。
眼下に、信じられない光景が広がっていた。
ウィルナス王の、巨大な城が、ユウマの怒りの奔流によって、まるで砂の城のように、内側から崩壊し始めているのだ!
「(…やっちまった…)」
ユウマは、その光景を、朦朧とする意識の中で、見つめていた。
「―――待て」
冷徹な声が、夜空に響いた。
崩壊する城の、最も高い塔の上。
ウィルナス王が、一人、静かに立っていた。その燃えるような赤い髪が、夜風に揺れている。
彼の顔には、怒りも、焦りもない。
ただ、自らの城が崩壊していく様と、その原因であるユウマを、まるで美しい芸術作品でも見るかのように、静かに、見つめていた。
「…面白い。実に、面白いぞ、『世界の器』よ」
彼の金色の瞳は、狂気的なまでの、探求の光に、満ちていた。
「怒りすらも、これほどの、破壊を、生み出すか…。ますます、貴様から、目が離せなくなった」
ウィルナスは、逃げ去ろうとする一行に向かって、静かに、手を差し伸べた。
それは、攻撃ではない。
まるで、壊れた玩具を、もう一度、手元に呼び戻そうとするかのような、執着の現れ。
「―――どこへ、行くつもりだ? 我々の、ゲームは、まだ、始まったばかりだぞ?」
その、あまりにも、歪んだ、王の執着から、逃れるように。
一行は、夜の闇の中へと、必死に、その身を、隠していく。
ユウマの、安息の地を求める旅は、今や、人間界の覇王からも、追われる身となる、絶望的な、逃避行へと、その姿を変えてしまったのだった。




