第17話:王都の奇跡と最初の信者
「魔を祓い、聖を従えし、伝説の賢者様! ようこそ、王都へ!」
衛兵隊長の高らかな声は、喧騒に満ちた王都の門を一瞬にして静まり返らせた。
次の瞬間、静寂は爆発的なさざめきへと変わる。
「賢者…? あの普通の兄ちゃんが?」
「でも、聖女様みたいな人と、とんでもない魔族を連れてるぞ…」
「商人のマルクス旦那が、ひれ伏して馬車を譲ったらしい…」
好奇、懐疑、そして畏怖。幾百もの視線が突き刺さり、ユウマは針の筵に座っている気分だった。
(やめて…そんなに見ないで…! 俺はただの元コンビニ店員です…!)
彼は衛兵隊長に「人違いです」と言おうとしたが、喉はカラカラに乾き、か細い息しか漏れなかった。
その時、噂の賢者を一目見ようと、群衆が波のように押し寄せた。
「危ない!」
「押すな!」
混乱の中、人波に押された一人の小さな少女が、ユウマの目の前でバランスを崩し、石畳の上へと思い切り転んでしまった。
「う…うぇぇぇん…!」
擦りむいた膝の痛みと、驚き。そして、その手からこぼれ落ちた、古くて薄汚れたウサギのぬいぐるみを呆然と見つめ、少女は泣き出した。
その瞬間、ユウマの頭から、自らの絶望的な状況が綺麗さっぱり消え去った。
目の前で、子供が泣いている。
元コンビニ店員、佐藤ユウマの心に刻まれた「お客様(か弱い存在)は最優先で保護」という鉄則が、彼の身体を動かしていた。
「だ、大丈夫!?」
ユウマは無我夢中で人垣をかき分け、少女のもとへ駆け寄った。彼はまず、石畳に落ちたウサギのぬいぐるみを拾い上げ、その汚れを丁寧に手で払う。そして、泣きじゃくる少女にぬいぐるみを握らせると、その小さな手を引いて、優しく立たせた。
「ほら、立てるかな? もう大丈夫だからね」
ごく普通の、当たり前の親切心。彼の身体から放たれる『光の衣』が、その行動に安心感を与えるように、淡く温かい光を放っていた。
しかし、その光景は、集まった民衆の目には全く違うものとして映っていた。
少女の**『痛みが消えてほしい』という切なる欲望**。
集まった民衆の**『本物の奇跡が見たい』という信仰にも似た期待**。
それらが、ユウマの**『子供を助けたい』という純粋な善意**をトリガーとして、『概念誘導』を最大級のレベルで発動させた。
【ユウマの『親切心』が、信仰と欲望によって『神の慈悲』の概念へと極端に増幅・昇華される】
ユウマの手が少女に触れた瞬間、彼の手から溢れた温かい光が、少女の擦りむいた膝へと注がれた。すると、血が滲んでいたはずの傷は瞬く間に塞がり、赤みすら残さず、元の綺麗な肌へと戻ってしまったのだ。
それだけではない。少女が握りしめたウサギのぬいぐるみもまた、聖なる光を浴びたかのように、薄汚れた布地は輝くような白さを取り戻し、ほつれた糸は修復され、まるで新品同様になっていた。
「「「…………あ」」」
時が、止まった。
泣き止んだ少女は、自分の綺麗になった膝と、生まれ変わったぬいぐるみを見比べ、ぱちくりと目を瞬かせている。
やがて、群衆の中から、一人の女性が転がるように駆け寄ってきた。少女の母親だった。彼女は、娘の無傷の膝と輝くぬいぐるみを見て、わなわなと震えながら、ユウマの前にひれ伏した。
「ああ…! 賢者様! ありがとうございます…! この子の怪我を癒し、生涯の宝である人形にまで祝福を授けてくださるとは…!」
その言葉が、引き金だった。
「奇跡だ…!」
「触れただけで、傷を…!」
「あの汚れた人形まで、聖なる遺物のように輝いているぞ!」
静寂は、熱狂的な歓声へと変わった。
疑いの目を向けていた民衆の瞳は、今や狂信的な輝きを宿し、誰もがユウマを「本物の聖者」「伝説の賢者」だと確信していた。
「我が主の慈悲は、分け隔てなく万物に注がれる! 見たか、人間ども!」
ガガルは、我が事のように胸を張る。
「ああ、なんとさりげない奇跡…。これみよがしな大魔法ではなく、ただ優しく触れるだけで人々を救う。これこそ、真に聖なる者の御業ですわ…」
アリアは、目に涙を浮かべてうっとりと呟く。
「へえ…。ただの親切心が、最高級の治癒と付与魔法に化けちゃうわけ? あんたのその体質、面白すぎ。王都に着いた早々、最高のショーを見せてくれるじゃない」
リリスは、この最悪の状況を、最高のエンターテイメントとして楽しんでいた。
ユウマは、目の前でひれ伏す母親と、自分を神でも見るような目で見つめる群衆に囲まれ、完全に思考が停止していた。
(ただ、女の子を助けただけなのに…)
王都での平穏な生活。
人混みへの逃亡計画。
その全てが、到着からわずか数分で、完璧に、そして絶望的に終わりを告げた。
彼は今や、王都中の注目を集める、歩く奇跡となってしまったのだ。




