第百六十八話 空間の宝玉と、心の共鳴
ユウマの心が定まると、迷宮は消え、ただ一本の光の道が、どこまでも続く白の中へと伸びていた。
一行は、黙々と、その道を進む。ユウマの心は、不思議なほど静かだった。ただ、腕の中のチビすけを守る。その想いだけが、彼の羅針盤となっていた。
やがて、道の先に、ひときわ強い光が見えてきた。
それは、一つの点ではなかった。まるで、無数の銀河が、凝縮されたかのような、眩い光の渦。空間そのものが、脈打っているかのようだった。
「…あれが…」
リリスが、息を呑む。
「『空間の宝玉』…。理そのものが、形を成した姿…」
一行が、光の渦の前にたどり着くと、その中心から、声が響いてきた。それは、男の声でも、女の声でも、老人の声でも、子供の声でもない。ただ、純粋な『概念』が、直接、彼らの魂に語りかけてくるようだった。
『―――来たか。彷徨える、心の持ち主よ』
その声は、問いかけていた。
『汝は、何を望む? 無限の空間を、支配する力をか? あらゆる次元を、自由に渡る、翼をか?』
それは、宝玉からの、最後の試練。
この、無限の可能性を前にして、ユウマが、何を願うのか。その、心の在り方を、問うていた。
ガガルならば、「主君の世界征服!」と叫んだだろう。
アイならば、「全部のキラキラ!」と願っただろう。
アリアならば、「世界の平和!」と祈っただろう。
しかし、ユウマは、違った。
彼は、これまでの旅で、散々、思い知らされてきた。
力も、自由も、平和も、自分の意図しない形で、世界を、歪ませてしまうことを。
彼は、静かに、首を横に振った。
「俺は、何も、望まない」
『…ほう?』
宝玉の声に、初めて、感情のようなものが、宿った。
ユウマは、腕の中の、チビすけを、そっと、光の渦へと、差し出した。
「ただ、この子が、安心して、眠れる場所。…そして、俺が、俺でいられる場所。…それがあれば、それでいい」
「力なんて、いらない。自由なんて、いらない。俺は、ただ、みんなと、一緒に、家に帰りたいだけだ」
それは、あまりにも、矮小で、あまりにも、個人的な、願い。
世界の理を前にして、彼は、ただ、一人の父親として、一人の人間としての、ささやかな幸福だけを、願ったのだ。
ユウマの**『ただ、在りたい』という、究極の、受容の心**。
それが、『無限の可能性』そのものである、空間の宝玉の、理と、完璧に、共鳴した。
『―――よかろう』
宝玉の声は、穏やかだった。
『汝の、『何も望まぬ』という、その望み。それこそが、無限の空間を、受け入れる、器たる、証』
光の渦が、ゆっくりと、収束していく。
そして、それは、ユウマが差し出した、チビすけの宝玉の中へと、まるで、吸い込まれるかのように、流れ込んでいった。
ピカァァァッ!!
チビすけの宝玉が、これまでで、最も、眩い、虹色の光を放つ!
その中の、小さな芽に、六枚目となる、新たな葉が、ゆっくりと、芽生えていく。その葉は、まるで、星々が、きらめく、宇宙空間そのものを、閉じ込めたかのように、深く、美しく、輝いていた。
「おお…!」
「ついに…!」
仲間たちから、歓喜の声が上がる。
『空間の宝玉』は、チビすけの中に、完全に、吸収された。
同時に、ユウマたちの周りの、真っ白な空間が、急速に、色を取り戻していく。
彼らは、気づけば、元の、巨大な砂時計と、無数の扉が並ぶ、あの場所に、立っていた。
目の前には、『刻む者』が、静かに、座っている。
彼は、満足げに、頷いた。
「…どうやら、道は、見つかったようじゃな。…そして、新たな、道も、生まれたようだ」
老人は、壁に並ぶ、無数の扉の中から、一つを、指さした。
それは、先ほどまで、ユウマが開けた、古びた、木製の扉。
しかし、その扉には、今、新しい、プレートが、かかっていた。
そこには、こう書かれていた。
『ただいま』
「…!」
ユウマは、息を呑んだ。
それは、間違いなく、彼らが、帰るべき場所へと、繋がる扉だった。
空間の宝玉を得たことで、あるいは、ユウマ自身の心が、道を開いたことで、生まれた、奇跡の扉。
ユウマは、仲間たちと、顔を見合わせた。
ガガルも、アリアも、アイも、リリスも、皆、頷いている。
ユウマは、最後に、『刻む者』と、この、不思議な幻獣界に、深く、頭を下げた。
そして、腕の中の、さらに、輝きを増した、チビすけを、抱きしめ、その、懐かしい響きの、扉へと、手をかけた。
彼の、幻獣界での、冒険は、終わりを告げた。
しかし、彼の、本当の、戦いは、これから、始まる。
七つの宝玉の内、四つを、その身に宿した、我が子と共に。
混沌の、人間界へと、彼は、再び、その身を、投じるのだ。




