第百六十六話 刻む者の謎掛けと、内なる座標
「―――迷い人か、それとも道を探す者か」
古地図のローブを纏った奇妙な老人、『刻む者』。その声は、乾いた羊皮紙が擦れるようだった。
彼の目は、ユウマの腕の中のチビすけを一瞥し、そしてユウマ自身へと向けられた。
「わしは『刻む者』。このアヴァロンの全ての道と可能性を記録する者じゃ」
老人は、繰り返した。
「…ほう。面白い『座標』を連れておるわい。おぬしたちが探しておるのは、『始まりも終わりもない場所』への道か?」
『始まりも終わりもない場所』。
それは、間違いなく『空間の宝玉』を示唆する言葉だった。
「ご存知なのですか!?」
ユウマは、思わず身を乗り出した。
「『空間の宝玉』は、どこにあるんですか!?」
老人は、ゆっくりと首を横に振った。
「『どこ』ではない。それは、物理的な座標には、存在せぬよ」
彼は、壁一面に並ぶ、無数の扉を指さした。
「これらの扉は、あらゆる世界、あらゆる時間、あらゆる可能性へと繋がっておる。しかし、おぬしたちが求める場所へと続く扉は、この中には、ない」
「なっ…!?」
一行に、動揺が走る。
「『空間の宝玉』は、場所ではない」と、老人は続けた。「それは、概念そのもの。無限の可能性。自由なる精神。…このアヴァロンという都市そのものであり、同時に、おぬし自身の、内側にも、存在するのかもしれんのう」
あまりにも、禅問答のような、答え。
ユウマは、完全に、混乱した。
「そんな…! それじゃあ、どうやって、見つけろって言うんですか!」
老人は、その、存在しないはずの場所を見通すような目で、ユウマを、じっと見つめた。
「…おぬしには、見えるはずじゃ」
彼の指が、ユウマの、胸元を指す。
「おぬしの、その、世界の理を、捻じ曲げる、力。…その『心の眼』で、見つけ出すのじゃ。この、混沌とした都市の中で、最も、『自由』なる場所を。あるいは、最も、大きな『矛盾』を、孕む場所をな」
最も、自由な場所。最も、矛盾する場所。
それが、宝玉への、ヒントだというのか。
「お任せください、ユウマ様!」
ガガルが、自信満々に、前に出た。
「最も、自由なる場所! それは、すなわち、力が、全てを支配する、闘技場に違いありませぬ!」
「いいえ、ガガルさん」
アリアが、静かに、反論する。
「最も、自由なのは、魂が、解放される、祈りの場所。きっと、この街にも、聖なる祭壇のようなものが…」
「はあ? 意味わかんないし!」
アイが、口を尖らせた。
「自由っつったら、やっぱ、ショッピングモールっしょ! 欲しいものが、何でも手に入る! それが、一番じゃん!」
(…誰も、聞いてないな…)
ユウマは、仲間たちの、あまりにも、的外れな、議論を、聞きながら、静かに、ため息をついた。
彼は、ただ、腕の中の、チビすけを、見つめていた。
(自由な場所…矛盾する場所…)
チビすけは、ただ、穏やかに、虹色の光を放っている。
その光は、まるで、ユウマの、心の迷いを、映し出すかのように、わずかに、揺らいで見えた。
(…俺の、内側…?)
ユウマは、そっと、目を閉じた。
健太郎との、修行を、思い出す。
自分の心が、世界と、繋がっている、あの感覚。
(もし、俺の心が、宝玉の、場所を、知っているとしたら…)
彼は、ただ、静かに、願った。
(示してくれ。俺が、行くべき、場所を)
ユウマの**『道を知りたい』という、純粋な、探求心**。
それが、彼の中に、宿る、三つの宝玉の力と、共鳴した。
【ユウマの『探求心』が、『生命・魂・知』の宝玉の力と融合し、『空間の理』への、アクセス権限を、一時的に、獲得する】
ユウマの、脳裏に、直接、一つの、座標が、浮かび上がった。
それは、地図上の、点ではない。
一つの、感覚だった。
『ここではない、どこか』
『常に、変化し続ける、一点』
『全ての、可能性が、始まる、場所』
ユウマは、ゆっくりと、目を開けた。
そして、無数の扉の中から、一つだけ、何の変哲もない、古びた、木製の扉を、指さした。
その扉は、先ほどまで、そこには、なかったはずだ。
「…あそこだ」
彼の、その、確信に満ちた、一言に、仲間たちは、息を呑んだ。
老人は、満足げに、頷いた。
「…どうやら、道は、見えたようじゃな」
彼は、ユウマに、忠告した。
「じゃが、気をつけるがよい。始まりも、終わりもない場所は、同時に、出口も、入口もない、迷宮でもある。…おぬしの、『心』だけが、唯一の、道標となろう」
ユウマは、頷いた。
彼は、仲間たちと共に、その、古びた、木製の扉へと、歩み寄る。
扉には、何の、文字も、紋様もない。ただ、静かに、そこにあるだけ。
ユウマは、深く、息を吸い込み、その、扉に、手をかけた。
その向こうに、何が、待っているのか。
『空間の宝玉』か。
それとも、新たな、混沌か。
彼の、幻獣界での、本当の、試練が、今、始まろうとしていた。




