第百六十三話 明かされた真実と、揺れる心
幻獣界の不思議な月明かりの下、リリスの告白は重く響いた。
魔王の娘、魔神の愛人、死からの蘇生、そして生命の宝玉との繋がり。あまりにも壮絶な過去。
ユウマは言葉を失っていた。
ただ、目の前のリリスの、初めて見せた弱さと、その瞳の奥に宿る深い悲しみに、胸が締め付けられるようだった。
彼女がいつも浮かべていた、人を食ったような笑みは、その壮絶な過去を隠すための、仮面だったのかもしれない。
「…そんな…ことが…」
ユウマは、かろうじて声を絞り出した。
かけるべき言葉が見つからない。ただ、そっと肩に置いた手に、わずかに力を込めた。
リリスは、その不器用な優しさに、ふっと、自嘲するように笑った。
「…同情なんて、よしてちょうだい。全部、私が選んできたことよ」
彼女は、再び、いつもの、飄々とした仮面を、被ろうとしていた。
『…しかし、解せん』
沈黙を破ったのは、冥王の宝珠から響く、エンマの声だった。
『貴様ほどの力を持つ者が、なぜ、今も、魔神への復讐を果たさず、このような、中途半端な立場に甘んじている? 魔王から受け継いだ力を使えば、容易いはずであろう』
その、あまりにも、論理的で、無機質な問いに、リリスの表情が、再び、険しくなった。
「…あんたには、分からないでしょうね、委員長」
彼女は、吐き捨てるように言った。
「父から受け継いだ、この力の半分は、あの忌まわしい魔神への、憎しみそのもの。…これを使えば、私は、あの男と、同じ、ただの破壊者に、堕ちる。…それに、父は、力を、復讐のためではなく、娘である私を、ただ、生かすためだけに、使ったのよ。…その想いを、裏切ることは、できないわ」
その言葉に、ユウマは、胸を打たれた。
リリスの、複雑な、そして、気高い、心の在り方。
その時、宿屋の部屋の窓から、仲間たちが、心配そうに、顔を覗かせた。どうやら、屋上の、ただならぬ気配に、気づいたらしい。
「リリス様…? ユウマ様…?」
アリアが、声をかける。
リリスは、はっと我に返ると、いつもの、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あらあら、やだ。しんみりしちゃったわね。…さあ、もう夜も遅いわ。下らない昔話は、おしまい。さっさと、寝ましょう」
彼女は、ユウマの背中を、ぽん、と叩くと、先に、屋上から、部屋へと、戻っていった。
ユウマは、一人、屋上に残された。
リリスの、隠された過去。魔王の、最後の願い。世界の、歪み。そして、自分に、課せられた、あまりにも、重い、宿命。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
(俺に、何ができるんだろう…)
ただ、チビすけを、守りたい。その気持ちは、変わらない。
でも、それだけで、いいのだろうか。
この、歪んだ世界で、苦しんでいるのは、自分だけじゃない。リリスも、ガガルも、アリアも、アイも。そして、名前も知らない、多くの人々も。
彼の心の中に、これまでなかった、新たな感情が、芽生え始めていた。
それは、恐怖でも、諦めでもない。
ただ、漠然とした、『何かを、しなければならない』という、使命感のようなものだった。
ユウマは、腕の中の、チビすけを、見つめた。
そして、胸元の、冥王の宝珠(魂)に、触れた。
さらに、彼の中に、吸収された、知の宝玉の、気配を感じる。
生命、魂、知。三つの、創世の力が、今、ここにある。
(…俺が、『器』なら…)
ユウマは、夜空を見上げた。
七つの世界が、重なり合う、不思議な空。
(…俺が、やるしかないのか…?)
その、あまりにも、重い問いに、答えは、まだ、見つからない。
しかし、彼の心は、確かに、動き始めていた。
ただ、逃げるだけだった、少年は、もう、いない。
彼は、ゆっくりと、息を吸い込み、決意を、新たにした。
まずは、この、幻獣界で、『空間の宝玉』を、見つけ出す。
そして、その先へ。
世界の、真実と、向き合うために。
ユウマは、仲間たちが待つ、部屋へと、戻っていった。
彼の、顔には、まだ、迷いの色が、残っていた。
しかし、その、一歩は、確かに、前へと、踏み出されていた。
新たな、覚悟を、胸に。




