第百六十話 オークの里と、父の伝説(?)
夢幻都市アヴァロンでの二日目。
一行は、幻獣王フェンリルに言われた通り、「空間の宝玉に気に入られる」ため、そしてガガルの父親の手がかりを探すため、この奇妙な都市を散策していた。
「しかし、どこもかしこも、不思議な場所だな」
ユウマは、空飛ぶ島々や、液体金属の川を眺めながら呟いた。現実感がなさすぎる。
その時、ガガルが突然、足を止めた。
「おお…! この匂い…!」
彼の鼻が、くんくんと動いている。その先には、ひときわ活気のある一角があった。そこは、他の洗練された地区とは違い、巨大な骨や毛皮で飾られた、野性味あふれるテントや建物が立ち並び、屈強なオークたちが、豪快に酒を酌み交わしたり、腕相撲をしたりしていた。
「間違いない! 我が同胞、オーク族の集落だ!」
ガガルは興奮に目を輝かせた。
「ユウマ様! ここが、俺のルーツかもしれませぬ! 父上の情報も、何か掴めるやもしれません!」
(ガガルさんの故郷…?)
ユウマも少し興味を惹かれた。
一行が、オークたちの集落に足を踏み入れると、騒いでいたオークたちが、一斉にこちらを振り返った。そして、ガガルの姿を認めると、その目が、好奇と、わずかな警戒の色を帯びる。
「ん? 新入りか?」
ひときわ大きな体躯の、ボス格らしきオークが、ガガルに近づいてきた。
「見ねえ顔だな。どこの部族の出だ?」
ボスオークは、ガガルの緑色の肌を、じろりと見つめた。
「…それに、その肌の色。少し、薄いんじゃねえか? まさか、ミノタウロスの血でも混じってるのか?」
「!」
ガガルは、図星を突かれ、一瞬、言葉に詰まった。
「…いかにも! 我が母は、偉大なる女王ミノタウロス! そして、我が父は…!」
彼が、誇らしげに、ベヒーモスの名を告げようとした、その時。
ボスオークは、ぷっ、と吹き出した。
「あはは! マジかよ! あの、角折りクイーンの息子!? うわー、懐かしいな! あの姐さん、強かったよなあ! 酒癖は最悪だったけど!」
どうやら、ガガルの母親は、こちらの世界でも、有名(?)だったらしい。
「よし! あの姐さんの息子なら、歓迎だ!」
ボスオークは、ガガルの肩を、バンバンと叩いた。
「だが、オークの里の流儀ってもんがある! まずは、こいつで、俺たちに、お前の『魂』を見せてみやがれ!」
彼が指さしたのは、集落の中央に置かれた、巨大な石のハンマーと、地面に突き刺さった、鐘のようなものだった。いわゆる、力試しのアトラクションだ。
「望むところ!」
ガガルは、勇んでハンマーを手に取る。
「ユウマ様! ご覧ください! このガガルの、オークとしての、そして、ベヒーモスの血を引く者の、真髄を!」
彼は、渾身の力を込めて、ハンマーを振り下ろした!
ゴォォォォン!!!
凄まじい轟音と共に、鐘の部分が、天高く、打ち上げられた!
それだけではない。地面に、巨大な亀裂が走り、衝撃波で、周囲のテントが、いくつか、吹き飛んだ!
「「「…………」」」
オークたちが、静まり返る。
ボスオークが、引きつった顔で言った。
「…お、おい…。力試しだっつってんだろ…。鐘を、壊すやつがあるかよ…」
「フン! 加減を、誤ったわ!」
ガガルは、全く、反省していない。
次に、案内されたのは、大食い競争だった。
テーブルの上には、山のような、骨付き肉が、積まれている。
「よし! 食らい尽くしてやる!」
ガガルは、意気揚々と、席に着いた。
そして、彼は、肉を食べる前に、おもむろに、立ち上がり、高らかに、ラップを、詠唱し始めたのだ!
「Yo! 聞け、同胞たち! これぞ、食への感謝! 恵みを与えし、大地のソウル! 我が主君、ユウマ様への、忠誠と共に! この肉、全て、喰らい尽くすぜ! Check it out!」
「「「………………ぽかーん」」」
オークたちは、その、あまりにも、謎すぎる、食前の儀式に、完全に、引いていた。
結局、ガガルは、ラップに時間を取られすぎて、大食い競争は、惨敗した。
最後に、集落の長老らしき、髭の長いオークに、父親ベヒーモスについて、尋ねてみた。
「…ベヒーモス、とな?」
長老は、遠い目をして、言った。
「ああ、いたな、そんな奴も。…山のように、デカくて、ただ、寝て、食って、たまに、どこかへ、ふらっと、消える、自由な奴じゃったわい」
「…数百年前に、祭りの、ご馳走を、全部、食い逃げして以来、姿を見ておらぬがのう…」
「(…ろ、ろくでもない、親父だ…!)」
ガガルは、ショックを受けていた。
ユウマは、そんな、ガガルの姿を見て、少し、同情した。
(…なんか、可哀想だな、ガガルさん…)
(もっと、こう…立派な、父親像を、期待してたんだろうな…)
ユウマの**『ガガルへの同情』と、『理想の父親像』への、無意識のイメージ**。
それが、引き金だった。
ぽわん。
ガガルの隣に、突如、一体の、幻獣が現れた!
それは、山のように巨大で、威厳に満ちた、まさに、伝説の巨獣ベヒーモス!
そして、その隣には、屈強で、しかし、慈愛に満ちた、美しい、女王ミノタウロス!
二人は、ガガルの肩に、そっと、手を置き、温かい、眼差しを、向けている。
完全に、ユウマが、勝手に、イメージした、「ガガルの、理想の、ご両親」だった。
「ち、父上…! 母上…!」
ガガルは、その、あまりにも、都合の良い、幻影に、号泣し始めた。
「お、俺は…立派に、やっていますぞ…!」
「…主サマ、また、やったね…」
アイが、呆れたように、呟いた。
ユウマは、自分の、お節介な同情が、またしても、現実を、捻じ曲げてしまったことに、静かに、頭を抱えた。
そして、長老オークが、最後に、ぽつりと言った言葉を聞いて、さらに、頭を抱えることになる。
「…まあ、あいつは、ここに、長くは、おらんかった。あいつの、本当の、故郷は、ここじゃない。もっと、ずっと、深い、世界の、狭間じゃ、と言っておったからのう…」
ガガルの、出生の秘密は、まだ、謎に包まれたままだった。
そして、ユウマ一行の、幻獣界での、迷走も、まだまだ、続くのだった。




