第16話:街道の噂と王都の門
王都へと続く街道は、これまでいた森とは比べ物にならないほど開けており、時折、他の旅人や馬車の姿も見受けられた。
久しぶりに触れる文明の光景に、ユウマの心は浮き立っていた。
(そうだ、これだよ! 普通の道、普通の人々…! 王都に着けば、きっと…!)
平穏な日常への淡い期待を胸に歩を進めるユウマ。しかし、彼の仲間たちは全く違うことを考えていた。
(フン…人間どもの道は脆弱よ。我が主が進む道は、いずれ全てが玉座へと続く覇道となるのだ!)
ガガルは、周囲の旅人たちを睥睨しながら、来るべき征服の日を夢想する。
(ああ、なんと多くの迷える子羊たちが…。賢者様、この者たちもまた、貴方様のお導きを待っているのですね)
アリアは、すれ違う人々の魂の平穏を、勝手に祈っていた。
(ふーん。どいつもこいつも、退屈そうな顔。早く王都に着かないかしら)
リリスは、道端の小石を蹴りながら、あからさまに退屈していた。
そんな異様な一行が、他の旅人たちの注目を集めないはずがない。特に、禍々しい覇気を隠そうともしない魔族のガガルは、恐怖の的だった。すれ違う人々は皆、蜘蛛の子を散らすように道を譲る。
(なんでこんなに避けられるんだよ!)
ユウマの心の叫びも虚しく、彼らはまるでモーゼの奇跡のように、人の波をかき分けながら進んでいった。
その道中、一台の豪華な馬車が彼らの前で停まった。護衛の兵士たちに守られた、裕福な商人の一行らしい。商人の代表と思しき、恰幅の良い男が馬車から降りてくると、ガガルの姿を見て一瞬顔を引きつらせたが、意を決したようにユウマたちの前へと進み出た。
「これはこれは、皆様。不思議な組み合わせでお旅ですな。私は、この国の商人ギルドに席を置く者ですが…失礼ながら、どちらまで?」
商人は、明らかに一行のリーダーが、最も平凡で、最も弱そうに見えるユウマであることを見抜き、探るような視線を向けていた。
(よし、ここは俺が普通に…!)
ユウマが「ちょっと王都まで…」と当たり障りのない返事をしようとした、その時。彼の両脇から、二つの声が被さった。
「フン! 我が主君、ユウマ様がどちらへ向かおうと、貴様のような下賤の民が知る必要はない!」
ガガルが、威圧的に言い放つ。
「まあ、ガガルさん。お黙りなさい」
アリアはガガルを制すると、商人に優雅に微笑みかけた。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。私どもは、この偉大なる賢者ユウマ様にお仕えする者。今は、世の人々を導くため、王都へ向かっているのです」
魔王軍幹部が「主君」と呼び、聖女のような女性が「賢者」と称える。
情報が完全に矛盾している。しかし、どちらもこの平凡な少年に心酔しきっている様子は、本物のようだ。商人の額に、脂汗が滲んだ。
(魔族と聖職者を同時に従える…? ばかな、そんな人間がいるものか…! この少年、一体何者なんだ…!?)
商人の**『混乱』と『理解への渇望』が、ユウマの『目立ちたくない』という願い**と最悪の化学反応を起こす。『概念誘導』が発動し、ユウマの存在そのものが、商人の想像力を遥かに超えた概念へと昇華された。
商人の目には、目の前の平凡な少年が、計り知れない魔力と神々しさをその内に秘めた、伝説上の存在のように映り始めていた。
「ま、まさか、貴方様は…!?」
商人は、わなわなと震えながら、その場で膝をついた。
「世を忍ぶ、伝説の大魔導師か、あるいは神々の使徒…! そのような御方が、我々と同じ道を歩いておられたとは! どうか、我々の不敬をお許しください!」
「「「え?」」」
ユウマ以外の全員が、商人の突飛な行動に虚を突かれる。
「そして、もしよろしければ! 我々の馬車をお使いください! 貴方様のような御方を歩かせるなど、天罰が下ってしまいます!」
商人は、もはやユウマの返事も待たず、最高の馬車を用意させ、一行を丁重に招き入れた。
ユウマは、断るタイミングも、肯定する理由も見つけられないまま、ふかふかの座席に座らされる。
(歩かなくて済むのは、楽だけど……)
状況は、またしても彼の望まない方向へと、猛スピードで転がっていく。
馬車に揺られ、数時間後。ついに王都の巨大な城門が見えてきた。
活気に満ちた城下町の喧騒が聞こえ、ユウマの胸は今度こそ、本物の期待に高鳴った。
(よし、王都だ! ここで馬車を降りて、人混みに紛れて…!)
しかし、彼の儚い希望は、城門の衛兵たちの姿を認めた瞬間に打ち砕かれた。
衛兵たちが、明らかにこちらを見てざわついている。そして、隊長らしき男が、緊張した面持ちで駆け寄ってくる。
先回りした商人が、気を利かせて「とんでもない御方がお成りになるぞ!」と衛兵に伝えてしまったに違いなかった。
「お待ちしておりました!」
衛兵隊長は、馬車の窓から顔を覗かせたユウマを見るやいなや、雷に打たれたように目を見開き、最高の敬礼を捧げた。
「魔を祓い、聖を従えし、伝説の賢者様! ようこそ、王都へ!」
隊長の、城門一帯に響き渡る高らかな声。
周囲の民衆たちが、一斉にこちらを振り返る。好奇、驚愕、そして畏怖の視線が、突き刺さるようにユウマに集中した。
(……終わった)
ユウマの、王都で人知れず平穏な生活を送るという夢は、王都の門をくぐる前に、木っ端微塵に砕け散ったのだった。




