第百五十九話 夢の跡と、自由すぎる解釈
夢幻都市アヴァロン。
一行は、フェンリルに案内されたわけでもないのに、なぜか自然とたどり着いた、巨大な綿毛でできたベッドが並ぶ、奇妙な宿屋の一室で、しばしの休息をとっていた。
床はトランポリンのように弾み、壁からは時折、シャボン玉のような光が湧き出しては消える。幻獣界の日常は、ユウマの常識をことごとく破壊していく。
「…てかさー」
綿毛のベッドに大の字になっていたアイが、天井を見上げながら言った。
「さっきの、狼の王様の試練? マジウケたよねー。いきなり『夢を見せろ』とか、ポエマーかよって」
その言葉に、他の仲間たちも、先ほどの出来事を思い返していた。
「フン! 全くもって、理解不能な試練であった!」
ガガルは、腕を組み、不満げに唸る。
「我が示した、『ユウマ様が魔王となり、世界を統べる』という、あまりにも完璧で、具体的な夢を、『自由じゃない』などと! あの狼、見る目がないにも程がある!」
彼の背後には、未だに、マッチョな魔王ユウマの幻影が、うっすらと残像のように揺らめいていた。(幻獣界の特性だ)
「まあ、ガガルさんの夢は、少しだけ、その…暴力的すぎたのかもしれませんわ」
アリアが、苦笑しながら言った。
「わたくしの、『全ての魂が救済される』という祈りこそ、最も尊く、自由な願いのはず…なのに…」
彼女の周りには、ハープを奏でる天使の幻影が、まだ、ふわふわと漂っている。
「いやいや、アリアっちのも、ちょっと、宗教勧誘っぽかったって!」
アイが、ベッドから飛び起きた。
「やっぱ、夢っつったら、もっと、こう、パーっと、楽しいやつじゃん!? キラキラアクセとか! 主サマとのデュエットとか!」
彼女の周りでは、宝石の雨と、スポットライトを浴びるユウマ(なぜかアイドル衣装)の幻影が、明滅していた。
三者三様の、全く噛み合わない、夢自慢(反省会?)。
ユウマは、その光景を、ただ、げんなりと眺めていた。
「…それに引き換え」
ガガルが、ユウマの方を向き、尊敬の眼差しで言った。
「ユウマ様は、素晴らしかった! 何一つ、幻影を見せることなく、ただ、静かに、そこに在るだけで、あの幻獣王を、認めさせた! これぞ、『無為にして成す』! 王者の風格!」
「ええ…」
アリアも、うっとりと頷く。
「あれこそが、『空』の境地…。いかなる欲望にも、囚われぬ、完全に自由な魂の輝き…。わたくし、感動いたしました…!」
「(違うんだよ…! ただ、何も思いつかなかっただけなんだよ…!)」
ユウマは、心の中で、必死に訂正した。いや、正確には、一つだけ、強く思っていたことがあった。
(早く家に帰りたい…鍋食べたい…)
その、ユウマの**『あまりにも俗っぽい本音』**が、彼の無意識下で、この幻獣界の理と、再び、最悪の化学反応を起こした。
ぽわん。
ユウマの頭上に、小さな、湯気を立てる、土鍋の幻影が、現れた。
しかも、中には、ぐつぐつと煮える、美味そうな、肉や野菜まで、リアルに再現されている。
「「「………………は?」」」
仲間たちの、動きが、止まった。
「…な、鍋…?」
アイが、目をぱちくりさせる。
「…主サマの、悟りの境地って…鍋だったの…?」
「おお…!」
ガガルが、何かを、閃いたように、手を打った。
「なるほど! これは、ただの鍋ではない! 『全ての民が、一つの食卓を囲み、温かい食事を分かち合える、平和な世界』! その、象徴としての、『鍋』なのだな! なんという、深い、お考え!」
「まあ…!」
アリアも、納得したように、涙ぐんだ。
「あの、ささやかな、土鍋の中に、世界の、全ての、幸福が、詰まっている…。なんと、慈愛に満ちた、夢でしょう…!」
「(違う! ただの鍋だってば! 俺が食いたいだけの!!)」
ユウマの心の叫びも虚しく、彼の頭上の土鍋は、ますます、美味そうな湯気を立てている。
その、カオスな光景を、部屋の隅で、ワイングラス(中身は多分ブドウジュース)を傾けていたリリスが、肩を震わせていた。
「くく…っ、あはは! もう、ダメ…! お腹痛い…! 『無』の境地が、鍋…! 最高よ、あんた!」
ユウマは、自分の頭の上に浮かぶ、あまりにも場違いな土鍋と、それを見て感動している仲間たち、そして爆笑しているリリスを、交互に見比べた。
そして、静かに、思った。
(もう、俺、この世界(幻獣界)から、出られないかもしれない…)
彼の、平穏への道は、自らの食欲によって、さらに、迷走を深めていくのだった。




