第百五十七話 幻獣王の問いと、自由なる魂
「―――やあ。思ったより、早かったね」
歪んだ建造物の前で、幻獣王フェンリルが、一行を待っていた。その星空のような瞳は、楽しげに輝いている。
「さあ、最後の『夢』を見せてもらおうか。君たちが、宝玉にふさわしい、『自由な魂』の持ち主かどうかをね」
「試練か!」
ちょうどその時、満足げな顔で一行に追いついたガガルが、腕まくりをした。どうやら、ステーキ幻獣との戦いは、彼の勝利に終わったらしい。
「望むところだ! 我が主君の偉大さを示すため、このガガルが、貴様の試練、打ち破ってくれるわ!」
フェンリルは、肩をすくめた。
「力比べじゃないよ。俺が聞きたいのは、君たちの『夢』さ。…この、幻獣界の理の下で、最も、自由な夢を、俺に見せてごらん。それが、できれば、道を開こう」
最も、自由な夢。
その、あまりにも曖昧で、哲学的な問いに、仲間たちは、顔を見合わせた。
最初に、挑戦したのは、やはりガガルだった。
「フン! 分かりやすい! 我が夢は、ただ一つ!」
彼は、目を閉じ、強く、念じた。
(我が主君、ユウマ様が、七つの世界全てを統べる、真の魔王となること!)
その瞬間、ガガルの背後に、巨大な、禍々しい魔王城の幻影が現れ、その頂点で、ユウマ(ただし、やたらとマッチョで、悪そうな顔をしている)が、高笑いする姿が、浮かび上がった。
フェンリルは、それを見て、あくびをした。
「…支配欲ね。ありきたりだ。自由じゃない」
幻影は、あっさりと、霧散した。
次に、アリアが、静かに、一歩、前に出た。
「わたくしの夢は…」
彼女は、敬虔に、祈りを捧げた。
(この、混沌とした世界から、全ての争いがなくなり、全ての魂が、女神様の愛の下に、救済されること…!)
彼女の周りに、柔らかな光が溢れ、天使たちが、竪琴を奏でる、平和な天国の幻影が、広がった。
フェンリルは、鼻で笑った。
「…押し付けの平和ね。独善的だ。自由じゃない」
幻影は、ガラスのように、砕け散った。
「じゃあ、ウチ!」
アイが、元気よく、手を挙げた。
「ウチの夢はねー!」
彼女は、目を輝かせ、願った。
(世界中の、キラキラした宝物を、全部、集めて! ちょー可愛い、アクセとか、服とか、作りまくって! それを、主サマと、お揃いで、つけるの!)
彼女の周りに、山のような宝石と、フリフリのドレス、そして、なぜか、アイドルステージで歌う、ユウマと自分の幻影が、現れた。
フェンリルは、ため息をついた。
「…物欲と、独占欲ね。子供っぽい。自由じゃない」
幻影は、シャボン玉のように、弾けて消えた。
リリスは、挑戦すらしなかった。
「くだらないわ。私の夢は、他人に見せるような、安っぽいものじゃないのよ」
彼女は、ただ、退屈そうに、腕を組んでいる。
仲間たちの、夢は、ことごとく、フェンリルに、否定された。
彼らの願いは、それぞれの世界の理や、個人の欲望に、縛られていたのだ。
「…さて、と」
フェンリルは、最後に、ユウマへと、視線を向けた。
「君の番だよ、『器』くん。君は、どんな『夢』を、見せてくれるんだい?」
ユウマは、困った。
世界征服も、世界平和も、宝物集めも、彼には、ピンとこない。
彼が、望むのは、ただ、一つだけ。
(…早く、家に帰りたい…)
(チビすけと、みんなと一緒に、あの、魔界の、埃っぽい家で、また、くだらない話でもしながら、鍋でも、つつきたい…)
(ただ、それだけで、いいんだけどな…)
それは、あまりにも、ささやかで、あまりにも、個人的で、あまりにも、自由な願いだった。
何にも、縛られず、ただ、ありのままの、日常を、愛おしむ心。
ユウマの**『ただ、帰りたい』という、純粋な、願望**。
それが、幻獣王フェンリルの**『真の自由を求める』という、理**と、完璧に、共鳴した。
【ユウマの『日常への渇望』が、幻獣界の『自由の理』によって、『究極の、心の自由』の概念へと、昇華される】
何も、起こらなかった。
幻影も、光も、現れない。
ただ、ユウマの周りの、歪んでいた空間が、すうっ、と、その歪みを、解き、穏やかな、森の、本来の姿を、取り戻しただけだった。
まるで、彼の心が、この世界の、バグを、修正したかのように。
「……………はは」
フェンリルの、口から、初めて、心の底からの、笑いが、漏れた。
「…面白い。実に、面白いや、君は」
彼は、ユウマの前に、歩み寄ると、その、大きな、銀色の頭を、下げた。
「合格だ、『器』くん。君の、『何も求めない』という、その、あり方こそが、この世界で、最も、自由な魂の、証だ」
フェンリルは、後ろの、奇妙な建造物を、顎で、示した。
「道は、開かれた。行くがいい。…そして、君だけの、『夢』を、掴み取ってこい」
建造物の、入り口を塞いでいた、空間の歪みが、完全に、消え去り、奥へと続く、穏やかな、光の道が、現れていた。
ユウマは、自分が、何をしたのか、全く、分からないまま、ただ、呆然と、その道を、見つめていた。
彼の、ただの、帰宅願望が、幻獣界の、王に、認められ、最後の、試練を、突破してしまったのだ。
一行は、それぞれの、複雑な思いを胸に、ついに、『空間の宝玉』が眠る、聖域へと、足を踏み入れるのだった。




