第百五十五話 思考の迷宮と、腹ペコの真実
「何も考えない…何も考えない…無…無…」
ユウマは、まるで修行僧のように、心を無にする念仏を唱えながら、幻獣の森を進んでいた。
その効果はてきめんで、彼の周りだけ、奇妙なほど静かだった。擬態する幻獣たちも、彼の「無」の思考に影響され、ただの毛玉や石ころのような、原始的な姿に戻ってしまっている。
「すげえ…主サマ、マジで、結界張ってるみたいじゃん」
アイが、感心したように呟く。
「これなら、楽勝…」
グゥゥゥゥゥゥゥゥ……。
しかし、その静寂を破ったのは、ユウマ自身の、あまりにも盛大な、腹の虫の音だった。
「(…あ)」
その瞬間、ユウマの脳裏に、強烈なイメージが浮かんだ。
(腹減った…なんか、こう…肉汁たっぷりの、巨大な、ステーキが、食べたい…!)
次の瞬間。
ユウマの目の前にいた、ただの毛玉のような幻獣が、むくり、と巨大化した!
そして、みるみるうちに、その姿を、**巨大な、霜降りの、最高級ステーキ肉(ただし、足が生えている)**へと、変貌させたのだ!
「「「「「はあああああああ!?」」」」」
ユウマを含めた、全員の絶叫が、再び森に響き渡る。
「に、肉…!?」
ガガルの目が、肉食獣のように輝いた。
「しかも、自ら歩いてくるとは! まさに、神の恵み!」
「待て! それ、幻獣だって!」
ユウマが叫ぶが、もう遅い。
ガガルは、涎を垂らしながら、巨大なステーキ幻獣(?)へと、飛びかかっていった。
「おおおお! 喰らってやる!」
「モオオオオオオッ!?(訳:やめてください!)」
ステーキ幻獣は、意外にも俊敏な動きで、ガガルの突進をかわすと、森の奥へと、猛ダッシュで逃げていく。
それを、ガガルが、目を血走らせて追いかける。
「待てー! 極上の肉ー!」
あっという間に、二つの影は、森の奥へと消えていった。
「…行っちゃった…」
アイが、呆然と呟く。
アリアは、「ああ、また、無益な争いが…」と、頭を抱えている。
リリスだけが、腹を抱えて笑っていた。
「アハハハ! 最高! あんたの食欲が、新たなモンスターを生み出すなんて! この世界、面白すぎるわ!」
ユウマは、顔面蒼白だった。
(俺の、ステーキへの渇望が…あんな、悪夢のようなキメラを…)
自分の、あまりにも俗っぽい思考が、またしても、とんでもない事態を引き起こしてしまった。
「…とにかく、ガガルさんを、追いかけないと!」
ユウマは、慌てて走り出そうとした。
しかし、その時。
彼らの進むべき道を示すはずの、チビすけの宝玉が、これまでとは違う、奇妙な光り方をしていることに、リリスが気づいた。
虹色の光が、まるで、迷っているかのように、明滅し、揺らいでいる。
「…変ね」
リリスは、眉をひそめた。
「宝玉の光が、定まらないわ。…まるで、この先の『空間』そのものが、不安定になっているみたい…」
その言葉通り、一行の目の前の空間が、まるで陽炎のように、歪み始めた。
森の景色が、ぐにゃりと捻じ曲がり、別の、見慣れない風景と、混ざり合っていく。
巨大なキノコと、近代的なビルが、同時に存在し、空飛ぶクラゲと、自動車が、同じ空を飛んでいる。
「な、なんだこれ…!?」
ユウマは、混乱した。
「…『夢』と『現実』が、混ざり合ってるのよ」
リリスは、冷静に分析した。
「この森の、奥深く…。幻獣界の、中心に、近づいている証拠ね。…そして、恐らく、**『空間の宝玉』**も、この近くにある。その力が、周囲の空間を、不安定にさせているんだわ」
宝玉の手がかり。
しかし、それは同時に、最大の危険地帯へと、足を踏み入れたことを、意味していた。
ガガルを追いかけるべきか、宝玉を探すべきか。
そして、この、不安定な、夢と現実の狭間で、彼らは、無事に、進むことができるのか。
ユウマの、幻獣界での、本当の試練が、今、始まろうとしていた。




