第百五十四話 夢見る森と、思考する幻獣
「『空間の宝玉』の、手がかりを探そう」
ユウマの、その一言で、一行の、当面の目的は、決まった。
とはいえ、ここは、右も左も分からない、異世界『幻獣界』。まずは、この、奇妙な森を、抜ける必要があった。
一行は、ぷるぷるとした苔の地面を踏みしめながら、巨大なキノコの森を進み始めた。
周囲には、見たこともない、奇妙な生き物たちが、うごめいている。
空飛ぶ、クラゲのような生物。七色の、毛皮を持つ、リスのような小動物。歌う、花々。
それは、まるで、誰かの、夢の中を、歩いているかのようだった。
「わー! なにあれ! ちょーカワイイ!」
アイは、さっそく、七色のリスを追いかけ回し、森の奥へと、消えていきそうになるのを、ガガルが、慌てて、首根っこを掴んで、連れ戻した。
「油断するな、アイ殿! ここは、我らが、知る、どの世界とも、理が、異なる! 見た目に、惑わされては…ぬおっ!?」
ガガルが、説教している、その足元で。地面の苔が、むくりと盛り上がり、巨大な、口を開けて、ガガルの足を、飲み込もうとした!
「食われる!」
ユウマが、悲鳴を上げる。
しかし、ガガルは、慌てず、騒がず、その口の中に、戦斧の柄を、力任せに、突っ込んだ。
「フン! 悪食め!」
苔の怪物は、「ぐええ」と、情けない声を上げると、しゅるしゅると、地面の中へと、引っ込んでいった。
「(…やっぱり、ヤバいとこじゃないか…)」
ユウマは、顔を引きつらせた。
森を進むうちに、ユウマは、奇妙なことに、気づいた。
すれ違う、幻獣たちの、姿が、微妙に、変化しているような気がするのだ。
さっきまで、蝶のように、見えていたものが、近づくと、歯車でできた、機械の鳥に見えたり。
ただの、木だと思っていたものが、通り過ぎる瞬間、人間の、老婆の、横顔に見えたり。
(気のせいか…?)
ユウマが、首を傾げた、その時。
彼の、すぐ隣を歩いていた、毛むくじゃらの、小さな、獣が、突然、立ち止まった。そして、その身体が、まるで、粘土のように、形を変え始めたのだ。
毛が、抜け落ち、手足が、伸び、顔が、形作られていく。
数秒後。そこに立っていたのは、ユウマと、瓜二つの、もう一人の、ユウマだった。
「「「「「はあああああ!?」」」」」
ユウマを含めた、全員の、絶叫が、響き渡った。
「な、なんだ、こいつは!?」
ユウマが、自分の、ドッペルゲンガーを、指さして、叫ぶ。
もう一人のユウマは、にっこりと、人の良さそうな、しかし、どこか、空虚な、笑みを浮かべた。
そして、ユウマと、全く同じ声で、言った。
「やあ。君が、『元の』僕なんだね。よろしく」
その、あまりにも、不気味な、光景。
最初に、動いたのは、リリスだった。
彼女は、素早く、ユウマ(偽)の、首筋に、手刀を叩き込んだ。偽物は、「ぐえ」と、短い悲鳴を上げ、再び、元の、毛むくじゃらの獣の姿に戻り、気絶して、地面に転がった。
「…なるほどね」
リリスは、気絶した獣を、つま先で、つつきながら、言った。
「こいつら、『思考』に、反応してるのよ。…特に、あんたのね、ユウマ」
「俺の…?」
「そうよ」と、リリスは、頷いた。「ここは、『夢と思想が、自由な世界』。ここの、生き物たちは、強い『思考』や『イメージ』を、捉えて、それを、自らの、形に、変えることができる。…一種の、擬態、あるいは、共鳴、かしらね」
彼女は、ユウマを、じっと見た。
「そして、あんたの、『概念を、書き換える』力は、こいつらにとって、最高に、分かりやすくて、真似しやすい、『お手本』みたいなものなのよ。…だから、あんたの姿に、なった」
「(…マジかよ…)」
ユウマは、戦慄した。
自分の、思考が、ダダ漏れなだけでなく、勝手に、コピーされて、実体化してしまう。
この世界は、ある意味、魔界よりも、恐ろしいかもしれない。
「フン! つまり、ユウマ様の、お考えになられた、最強の、ドラゴンを、イメージすれば、それが、現れる、というわけか!」
ガガルは、またしても、的外れな、応用を、考え始めていた。
「(やめてくれ! 絶対に、ややこしいことになるから!)」
ユウマは、必死に、頭の中で、「何も、考えない、何も、考えない…」と、念じ始めた。
すると、彼の周りを、飛んでいた、光るクラゲたちが、一斉に、動きを止め、ただの、半透明な、塊になって、ぽとり、と地面に落ちた。
「…これ、使えるかも…」
ユウマは、自分の、新たな(迷惑な)能力の、使い方を、少しだけ、理解し始めた。
しかし、その、彼の、ささやかな、成長が、この、自由奔放すぎる、幻獣界で、さらなる、カオスを、引き起こす、原因になることを、彼は、まだ、知らない。
一行は、警戒しながらも、再び、奇妙な森の、奥へと、足を進めるのだった。




