第百四十九話 決勝前夜と、静かなる覚悟
魔王継承戦、準決勝。
ユウマは、魔性の女王リビドーラを、まさかの「母性」に目覚めさせるという、前代未聞の方法で打ち破り、決勝へと駒を進めてしまった。
控え室に戻った彼は、手に入れた『力の宝玉』への二つ目の手がかりである古文書を、ただ、ぼんやりと眺めていた。
(…あと、一つ…)
これを手に入れれば、アスモデアとの、悪趣味なゲームは終わる。
しかし、そのためには、この、血塗られたトーナメントで、優勝しなければならない。
「ユウマ様! 次は、いよいよ、決勝ですな!」
ガガルが、興奮冷めやらぬ様子で、ユウマの肩を叩いた。
「相手は、誰であろうと、我が主君の敵ではありませぬ! さあ、勝利の美酒に酔いしれるための、最後の仕上げと参りましょう!」
彼は、また、筋肉ポージングを始めようとしていた。
「(…もう、いいって…)」
ユウマは、力なく、手で制した。
その夜。
アスモデアの離宮は、決戦前夜の、奇妙な静けさに包まれていた。
仲間たちは、ユウマを気遣ってか、いつもより、少しだけ、静かだった。
それでも、アリアは、聖なる祈りを捧げ続け、アイは、「主サマ応援団」と書かれた、手作りの、派手な旗を、縫っていた。
ユウマは、一人、バルコニーに出て、魔都の夜景を、見下ろしていた。
腕の中には、チビすけが、穏やかな光を放っている。
その光を見ていると、不思議と、心が落ち着いた。
(…守るんだ)
彼は、改めて、決意を固める。
勝つためではない。宝玉のためでもない。
ただ、この子の、穏やかな光を、守るために。明日、自分は、戦うのだ、と。
「―――心が、定まったようだな」
静かな声。
気づくと、いつの間にか、バルコニーには、宮本健太郎が立っていた。
医務室で、手当てを受けていたはずだが、その顔色は、まだ、少し、悪い。
「健太郎さん…! 体は、もう…」
「問題ない。それより、若者よ」
健太郎は、ユウマの、隣に立つと、同じように、魔都の夜景を見下ろした。
「明日の、相手は、決まったのか?」
ユウマは、頷いた。昼間のうちに、決勝の組み合わせが、発表されていたのだ。
「…七大公が一人、『憤怒公サタン』の、代理人だそうです。…名前は、ないとか。『原初の混沌』と、呼ばれている、そうです」
「…混沌、か」
健太郎は、静かに、呟いた。
「…厄介な、相手だな。理なきものには、理の剣は、通じぬやもしれん」
その言葉に、ユウマの心に、再び、不安がよぎる。
健太郎は、そんなユウマの、心の揺らぎを、見抜いていた。
彼は、静かに、言った。
「忘れるな、若者。戦う相手は、敵ではない。君自身の、心だ」
彼は、ユウマの、胸元、チビすけの宝玉を、指さした。
「そして、君には、守るべきものが、ある。…それこそが、君の、揺るぎない、『理』となるはずだ」
健太郎は、それだけを言うと、再び、静かに、闇の中へと、消えていった。
ユウマは、一人、バルコニーに残された。
健太郎の、言葉が、彼の心に、深く、響いていた。
(俺自身の…理…)
彼は、腕の中の、チビすけを、見つめた。
そして、その、温かい光を、胸に、抱きしめる。
そうだ。
迷うことはない。
自分が、やるべきことは、ただ一つ。
ユウマは、魔都の、夜空に向かって、静かに、息を吸い込んだ。
彼の心は、もはや、凪いでいた。
ただ、守るべきもののために。
その、静かな、覚悟だけが、そこにあった。
魔王継承戦、決勝。
その、幕が、上がろうとしていた。




