第百四十四話 望まぬ勝利と、嫉妬公の囁き
「…しょ、勝者! 『沈黙の賢者』、ユーーーマァァァッ!!」
審判の声が、闘技場に響き渡る。
割れんばかりの、歓声と、どよめき。
しかし、その熱狂の中心で、ユウマは、ただ一人、呆然と立ち尽くしていた。
目の前には、白目を剥いて、大の字に倒れている、宮本健太郎。
自分の手が、わずかに、ジンジンと痛む。
(俺が…やったのか…?)
信じられない。信じたくない。
「ユウマ様! お見事でした!」
「主サマ、マジ最強!」
仲間たちが、闘技場に駆け下りてきて、ユウマを取り囲む。その顔は、興奮と、賞賛に輝いていた。
「まさか、あの、達人剣士を、こうも、あっさりと…。やはり、我が主君の御力は、底が知れませぬ!」
ガガルが、目を輝かせている。
「ええ。最後の一撃は、まるで、神速の、カウンターでしたわ。相手の、力の流れを、完全に読み切り、最小限の力で、最大の結果を…。恐れ入りました」
アリアは、ユウマの戦い方を、完全に、誤解していた。
「(違うんだよ…ただ、転んで、手が当たっただけなんだよ…!)」
ユウマは、心の中で、絶叫するが、もはや、誰にも、届かない。
その時、医務官らしき魔物たちが、健太郎の元へと駆け寄り、担架に乗せて、運んでいく。
「あ、健太郎さんは!?」
ユウマが、慌てて声をかけると、医務官の一人が、振り返り、言った。
「ご安心を。ただ、気を失っておられるだけです。…しかし、あれほどの達人が、一体、どのような技を…?」
医務官は、首を傾げながら、去っていった。
ユウマは、自分が、恩師に、怪我をさせてしまった(かもしれない)という、罪悪感に、打ちのめされていた。
一行は、興奮冷めやらぬまま、闘技場の地下にある、控え室へと、戻った。
そこには、すでに、冷たい笑みを浮かべた、アスモデアが、待ち構えていた。
「…素晴らしい、ショーだったぞ、賢者ユウマ」
彼は、ゆっくりと、拍手をした。
「まさか、あの、宮本健太郎を、こうも、見事に、打ち破るとはな。…いや、打ち破った、というよりは…」
アスモデアは、楽しそうに、言葉を選ぶ。
「まるで、赤子が、戯れに、伝説の剣士を、無力化したかのようだった。…実に、滑稽で、実に、恐ろしい」
彼の、蛇のような瞳が、ユウマの、心の奥底まで、見透かそうとする。
「貴様の、その力の、本質。少しだけ、見えた気がするぞ。…理を、捻じ曲げるのではない。理そのものを、『無意味化』する力か…」
(違う…! 俺は、何もしてない…!)
アスモデアは、ユウマの、内心の叫びには、気づかず、満足げに、頷いた。
「良い。実に、良い。貴様は、最高の、玩具だ。…褒美をやろう」
彼は、一枚の、黒い、羊皮紙を、ユウマに、差し出した。
「これは、『力の宝玉』の、在り処に繋がる、古文書の、一部だ。…次の、試合も、私を、楽しませてくれたなら、残りの、部分も、くれてやる」
ユウマは、その、羊皮紙を、震える手で、受け取った。
これが、自分が、望んだ、褒賞。
しかし、その代償は、あまりにも、大きい。
「次の、相手は、決まっている」
アスモデアは、冷ややかに、告げた。
「七大公が一人、『色欲公アスモデウス』が、誇る、チャンプ。…魅了の魔眼を持つ、サキュバスクイーンだ。…せいぜい、骨抜きに、されんようにな」
アスモデアは、それだけを言うと、嗤いながら、控え室を、後にした。
後に残されたのは、重苦しい、沈黙と、ユウマの、手の中にある、一枚の、古文書だけだった。
彼は、戦って、勝ってしまった。
そして、その結果、彼は、この、血塗られた、トーナメントから、もはや、降りることが、できなくなってしまった。
ユウマは、静かに、思った。
(…俺は、どこまで、堕ちていくんだろう…)
彼の、心は、望まぬ勝利の、代償として、さらに、深い、闇へと、沈んでいくのだった。




