第14話:昏睡の策士と再度の空腹
ユウマの意識が途絶えた後、森には奇妙な静寂が訪れた。
その静寂を破ったのは、ドラゴンゾンビの眼窩で揺らめく、青白い鬼火のまたたきだった。自らが放った必殺のポイズンブレスが、目の前で不可解な治癒の奇跡に変換されたことを、その怨念に縛られた魂では理解できなかったのだ。
だが、目の前に立つ三人の従者たちの反応は、ドラゴンゾンビにとっても理解不能だっただろう。
彼らは気を失った主人を背に庇いながら、その瞳に恐怖の色を浮かべてはいなかった。浮かべていたのは、神聖なる領域を荒らされたことに対する、純粋な怒りだった。
「我が主君に…偉大なるユウマ様に、その汚らわしい牙を向けたこと…」
再生した左腕を力強く握りしめ、ガガルが地を揺らすほどの低い声で唸る。
「万死に値するッ!!」
「聖なる御方に、腐敗の息を吹きかけるなど、冒涜にもほどがあります」
アリアの瞳から慈愛の色が消え、聖罰を代行する者としての、冷徹な光が宿っていた。
「その罪、わたくしの祈りをもって、光の中へ浄化して差し上げます」
「私の最高のおもちゃを、気絶させちゃった罪は重いわよ」
リリスは楽しそうに微笑んでいたが、その瞳の奥は絶対零度の冷気を放っていた。
「せめて、綺麗な悲鳴を上げて死んでちょうだい」
ドラゴンゾンビの本能が、ようやく目の前の三人が、自分が手を出してはいけない領域の存在であることを理解する。しかし、時すでに遅し。
(※戦闘シーンは変わらないため、中略します)
強大なるAランク級魔獣、ドラゴンゾンビ。
その蹂躙劇は、わずか数十秒で幕を閉じた。
「……ん……」
やがて、ユウマのうめき声が静寂に響いた。
ゆっくりと目を開けると、まず感じたのは、身体を蝕んでいたはずの激痛が嘘のように消えていることだった。最後に覚えているのは、死ぬほどの苦しみと、ガガルの腕が光る光景。
(あれ…? 俺、どうなったんだ…?)
ぼんやりする頭で上半身を起こすと、目の前には信じがたい光景が広がっていた。
自分を囲むように立つ、三人の従者たち。
そして、彼らの前で塵となって消えていく、巨大な何かの残骸。
そして何より――ガガルの左腕が、何事もなかったかのように、元通りになっている。
「みんな…? あのドラゴンは…? ガガル、その腕…」
混乱するユウマの言葉に、ガガルが振り返り、恭しくその場に跪いた。
「全てはユウマ様のお導きのおかげにございます! 貴方様が身を挺して敵の呪詛を受け止め、それを我々の力に変えるという深遠なる策を授けてくださったおかげで、このような雑魚、我々だけで始末することができました!」
「え…? 策…?」
「ええ、賢者様」とアリアが優しく微笑む。「偉大なる奇跡を成した直後、あえて意識を離すことで、我々に実践の機会をお与えくださったのですね。全ては、貴方様のお考え通りですわ」
リリスは、ユウマの頬をツンとつつきながら、楽しそうに笑う。
「お見事だったわよ、ユウマ。最高の見せ場を作って、あとは全部あたしたちに丸投げして気絶するなんて。本当に、魔王様は人使いが荒いわね」
(策…? 実践の機会…? 丸投げ…?)
ユウマの頭の中は、疑問符で埋め尽くされた。
ただ毒を受けて気絶していただけなのに、いつの間にかそれは「全てを計算し尽くした、策士の行動」ということになっていた。
もはや何が現実で、何が勘違いなのか、ユウマ本人にすら分からなくなっていた。
困惑と疲労がピークに達した、その瞬間。
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………。
全ての勘違いを上書きするほど盛大な腹の音が、静かになった森に高らかに響き渡った。
三人の視線が、一斉にユウマの腹部に集中する。
ユウマは、顔から火が出るほど真っ赤になった。
沈黙を破ったのは、ガガルだった。彼はハッと目を見開くと、再生したばかりの左腕と、無事な右腕を交互に見比べ、恍惚の表情で叫んだ。
「おおっ! ユウマ様! 偉大なる奇跡を成し遂げたお身体が、魔力回復のために新たな供物を求めておられる! なんと素直で、合理的な生理現象! さあ、ユウマ様! 次は我が右腕を!」
「もうやめてえええええええええっ!!」
ユウマの悲痛な絶叫が、再び森の獣たちを震え上がらせる。
全ての元凶となった空腹が、全ての悲劇を乗り越えた先で、再び全ての悲劇を呼び起こそうとしていた。
彼の受難は、まだまだ始まったばかりである。




