第百三十六話 理の剣と、静かなる始まり
「…なるほどな。『無』に還す力もあるとは…ますます厄介だ」
健太郎の静かな呟きが、完璧に元通りになった(むしろ綺麗になった)書庫に響いた。
目の前で繰り広げられた、あまりにも規格外な現象の数々。ユウマの感情が具現化し、精霊たちが召喚され、そして全てが強制リセットされる。
健太郎は、改めて、ユウマという存在の、底知れぬ危険性と、同時に、計り知れない可能性を認識していた。
「ユウマ様! お怪我は!?」
「主サマ、大丈夫だった!?」
仲間たちが、心配そうにユウマに駆け寄る。
ユウマは、疲労困憊で、その場に座り込んでいた。胃がキリキリと痛む。
(俺の修行…もう無理だ…)
完全に心が折れていた。
「―――いや、これからだ」
静かだが、力強い声。健太郎だった。
彼は、ユウマの前に、静かに、膝をついた。
「若者よ。君は、今、自らの力の、ほんの一端を、垣間見たに過ぎん。それは、確かに、危険な力だ。だが、制御できぬものではないはずだ」
健太郎は、自らの、古びた刀を、ゆっくりと、鞘から抜いた。
磨き上げられた刀身が、書庫の、薄暗い光を、静かに反射する。
「私の剣は、『理の剣』。力で、相手を、ねじ伏せるのではない。相手の、動き、呼吸、心の、流れ。その『理』を見抜き、最小限の、動きで、制する」
彼は、刀を、ゆっくりと、振るってみせる。その動きには、一切の、無駄がない。
「君の力も、同じだ。世界に対する、君の心の、『理』が、現象を、引き起こしている。ならば、その『理』を、理解し、制御する術を、学べばよい」
健太郎は、ユウマの、目を、真っ直ぐに見据えた。
「君は、どうしたい? このまま、力に、振り回され、全てを、破壊するか。それとも、その力を、己の、意志の、下に置き、守りたいものを、守るか」
守りたいもの。
ユウマの、脳裏に、腕の中で、穏やかに光る、チビすけの姿が、浮かんだ。そして、いつも、騒々しく、自分を、振り回す、仲間たちの顔。
「…俺は…」
ユウマは、震える声で、答えた。
「守りたい…です」
「よろしい」
健太郎は、静かに、頷いた。
「ならば、始めよう。本当の、修行を」
その日から、ユウマの、修行の内容は、一変した。
健太郎は、ガガルたちに、「彼に必要なのは、静寂だ」と、厳しく、言い渡し、書庫への、立ち入りを、(一時的に)禁じた。
胸元の、冥王の宝珠にも、「今は、黙っていてくれ」と、念じると、不思議と、エンマからの、通信も、途絶えた。(おそらく、健太郎の、静謐な、オーラが、エンマの、干渉を、阻害したのだろう)
二人きりになった、書庫。
健太郎は、ユウマに、剣術を、教えるわけではなかった。
「まず、呼吸を、整えろ」
健太郎は、座禅を組み、静かに、目を閉じた。
「吸って…吐いて…。ただ、それだけに、意識を、集中する」
ユウマも、見様見真似で、座禅を組み、呼吸に、意識を向ける。
最初は、雑念ばかりだった。トーナメントのこと、王たちのこと、チビすけのこと…。
しかし、健太郎の、静かな、気配が、彼の、ささくれだった心を、穏やかに、鎮めていく。
「次に、感じるのだ」
健太郎は、囁くように、言った。
「君の、周りの、世界の、『理』を。空気の、流れ。光の、粒子。時間の、刻み。…そして、君自身の、心の、動きを」
ユウマは、言われるがままに、意識を、研ぎ澄ませていく。
最初は、何も、感じなかった。
しかし、どれくらいの、時間が、経っただろうか。
ふと、彼は、感じた。
自分の、呼吸に合わせて、部屋の、空気が、わずかに、揺らぐのを。
自分の、心臓の鼓動に合わせて、床の、石の、振動が、変わるのを。
そして、腕の中の、チビすけの、穏やかな、光の、脈動が、自分の、心と、共鳴しているのを。
それは、あまりにも、微細で、あまりにも、静かな、発見だった。
しかし、ユウマにとって、それは、初めて、自分の、力が、世界と、繋がっていることを、実感した、瞬間だった。
「…どうやら、掴みかけたようだな」
健太郎が、静かに、目を開けた。
「それが、『理』の、入り口だ。…焦るな。ゆっくりと、その感覚を、研ぎ澄ませていくがいい」
ユウマは、黙って、頷いた。
彼の、心の中に、久しぶりに、静かな、光が、差し込んできていた。
それは、恐怖でも、諦めでもない。
ただ、純粋な、『探求』への、小さな、小さな、灯火だった。
彼の、本当の、修行は、今、静かに、始まったばかりだった。




