第百三十三話 感情ジェットコースターと般若の暴走
カンカンカンカン!
書庫の中央ではユウマの怒りに呼応したノミが高速で岩を削り見事な般若の面を完成させようとしていた
それはもはや芸術の域だったが完全にホラーだ
「…なるほどな」
宮本健太郎はその異様な光景を腕を組んで冷静に観察していた
「怒りという感情が『威嚇』『拒絶』といった具体的な形般若の面に変換されたわけか」
彼はユウマに向き直った
「ならば他の感情ではどうなる試してみる価値はあるな」
「え…他の感情って…」
ユウマは引きつった顔をした
「そうだ喜び悲しみ平穏といった感情を意識的に引き出してみろ君の心の動きが世界にどう作用するのかその『理』を探る」
健太郎の目は真剣だった完全に研究者の目だ
(無茶言うなよ…!)
ユウマは内心悲鳴を上げたがもはや逃げ場はない
彼はまず「喜び」を思い浮かべようとした
(喜び…楽しいこと…そうだチビすけ!)
腕の中の宝玉を見つめその温かい光を感じる
(こいつが無事に育ってくれたら…それだけで嬉しいかな…うん可愛い…)
純粋な父としての愛情が彼の心を温かく満たした瞬間
ポポポポポポポ!
書庫の床や壁から色とりどりの花が次々と咲き乱れ始めた!
部屋全体が甘い香りとキラキラした光の粒子で満たされるあまりにもファンシーな空間に変貌した
「おお! ユウマ様の喜びが花を!」
「メルヘンじゃん! 超映える!」
壁際で見守っていたガガルとアイがはしゃぐ
「次は悲しみだ」
健太郎は容赦ない
「最も強く心を揺さぶられた悲しみを思い出せ」
「そ、それは…」
ユウマの脳裏にガガルが倒れた瞬間の光景が蘇りかける
しかし彼は咄嗟にそれを振り払った
(だめだ思い出したくない…!)
ユウマが強く拒絶した瞬間
ザアアアアアアアッ!
今度は部屋の天井から大量の水が滝のように流れ落ちてきた!
あっという間に書庫はくるぶしまで水浸しになる
「なっ!? どこから水が!?」
「わー! プールみたい!」
ガガルとアイはずぶ濡れになりながらもなぜか楽しそうだ
「(ウンディーネの祝福か…? 悲しみを拒絶すると水が出るのか…? 意味わからん!)」
健太郎は冷静に分析メモを取っている
「最後は平穏だ心を無にしろ」
健太郎は言うがもはやこのカオス空間で平穏を見出すのは不可能だった
ユウマはただただこの状況から解放されたいと願った
(もうやだ…静かにしてくれ…片付けてくれ…)
すると
部屋に散らばっていた本やガラクタがひとりでに浮き上がりまるで意思を持ったかのように元の場所へとピタリピタリと収まり始めた!
水浸しの床もいつの間にか乾き花々も消え部屋は完璧なまでに整頓された状態に戻った
「お、おお…! ユウマ様の平穏を求める心が部屋の秩序を…!」
ガガルが感動している
「…感情のベクトルがそのまま現象化するだけでなく望んだ結果そのものを引き起こす力もあると…? ますます厄介だな」
健太郎は深い溜息をついた
その時だった
カンカンカン!と軽快な音を立てていたノミがぴたりと動きを止めた
岩に彫られた般若の面は完璧なまでに完成していた
そして
『…フン、ツマラヌ感情ニ、時間ヲ費ヤシヤガッテ…』
般若の面が喋ったのだその目は禍々しい赤い光を宿している
「「「「「しゃべったあああああああ!?」」」」」
ユウマと仲間たちの絶叫が書庫に響き渡った
健太郎だけが冷静だった
「なるほどな強い感情は疑似的な人格すら生み出すか…これは想定外だったな」
ユウマは目の前の喋る般若の面を見て思った
(俺の修行どう考えてもヤバい方向にしか進んでない!!)
彼のトーナメントへの道そして平穏への道は混沌の度合いを増すばかりだった




