第13話:聖者の毒と再生の贄
「いらないと言ったら、いらないんだ!」
「ささ、ユウマ様、ご遠慮なく!」
「まあまあ、一口だけでもどうだって言うのよ」
森の中は、一本の腕を巡る狂気の晩餐会と化していた。ユウマの必死の拒絶も虚しく、ガガルは誇らしげに自らの腕を差し出し続け、リリスはそれを面白そうに眺めている。
その異常な光景を切り裂いたのは、突如として森に立ち込めた、死と腐敗の匂いだった。
木々がざわめき、地面がかすかに震える。本能的な恐怖がユウマの背筋を駆け上がった。
「な、なんだ…?」
茂みの奥、暗がりから現れたのは、およそ生命とは呼べない存在だった。
所々肉が腐り落ち、骨が剥き出しになった巨大な体躯。翼はボロボロに引き裂かれ、眼窩からは青白い鬼火が揺らめいている。それは、かつて誇り高く空を支配したであろう竜が、死してなお怨念に縛られた哀れな成れの果て――『ドラゴンゾンビ』だった。
「グルルルォォ…」
喉の奥から漏れるのは、もはや咆哮ですらない、呪詛の塊のような音。ドラゴンゾンビは生者の魔力に引き寄せられるように、ゆっくりと、しかし確実に一行へと向き直った。
「まずい…! アンデッドの最上位種よ!」
リリスが初めて警戒の色を浮かべる。
「賢者様、お下がりください!」
アリアが聖なる護りの障壁を展開しようとした、その時だった。
ドラゴンゾンビの顎が大きく開かれ、その腐りきった肺から、紫黒色の瘴気が奔流となって吐き出された。致死性の呪いと毒を凝縮した、アンデッドの必殺技――『ポイズンブレス』。
狙いは、一行の中心で最も魔力の反応が不安定だったユウマ。
「ユウマ様ッ!」
ガガルが庇おうとするよりも早く、瘴気の奔流はユウマの身体に直撃した。
「ぐっ…あ…が…っ!?」
息ができない。全身を内側から無数の針で刺されるような激痛が走り、皮膚には黒い血管のような紋様が瞬く間に浮かび上がる。視界は暗転し、意識が急速に遠のいていく。
(死ぬ…! 痛い、苦しい…! こんなの、腕がなくなる方がマシだ…!)
朦朧とする意識の中、ユウマの目に映ったのは、心配そうに自分を覗き込むガガルの顔と、彼が未だに手に持っている、切り離された腕だった。
その瞬間、ユウマの脳裏に、支離滅裂な願いが浮かぶ。
(そうだ…いっそ、この毒で…ガガルの腕がくっつけばいいのに…!)
痛みからの逃避が生んだ、あまりにも突飛で、非論理的な願望。
だが、それは世界を歪めるための、完璧なトリガーだった。
【ユウマの『死の苦痛からの逃避』という概念が、『再生への渇望』と誤認・反転 → 致死性の『ポイズン(毒)』が、最高位の『ヒール(治癒)』の概念へと強制的に変換される】
ユウマの全身が、禍々しい紫黒の光に包まれた。しかし、それは彼の身体を蝕むのではなく、まるで浄化されるかのように、一点へと収束していく。
そして、その光は奔流となってユウマの身体から解き放たれ、まるで意志を持ったかのように――ガガルの切り離された肩口と、彼が手に持っていた腕へと殺到した。
「なっ…!?」
紫黒の光が、腕と身体を繋ぐ。ブチブチと肉が盛り上がり、神経が繋がり、血管が再生していく冒涜的な光景が、そこに展開された。それは穏やかな治癒ではない。死のエネルギーを無理やり生命力に変換した、荒々しくも完璧な『接合』だった。
光が収まった時、ガガルの左腕は、傷跡一つなく、完全に元通りになっていた。いや、以前よりも力強く、禍々しい魔力を帯びているようにすら見える。
「おお…おおおぉぉぉぉっ!!」
ガガルは、己の再生した腕を握りしめ、歓喜に打ち震えた。
「ユウマ様…! まさか、この私めのために、自らドラゴンの毒を受け、その呪詛の力をもって、我が腕を再生してくださるとは! 毒をもって毒を制す…! なんという深遠なる御業!」
アリアは、その場で十字を切り、涙を流していた。
「自らの身を犠牲にして呪いを受け入れ、それを癒やしの奇跡に変える…。聖者の御業そのものではありませんか…! ああ、賢者様!」
リリスは、目を丸くした後、腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハ! 面白い! 最高よ! ネクロトキシンを分解して、指向性の再生魔法に転用するなんて! あんた、本当に人間なの!?」
三者三様の、究極の勘違い。
その中心で、激痛と概念変換の反動に耐えきれず、ユウマは白目を剥いて気を失っていた。
彼の伝説に、新たに「自ら呪いを受けて奇跡に変える、献身的な聖者」という、本人の意思とは最もかけ離れた一文が刻み込まれた瞬間だった。




