第百二十九話 修行の絶望と、理の剣士
クロスオーバーしてみます
アスモデアの東の離宮での、ユウマの『修行』は、完全なる迷走を極めていた。
ガガルの脳筋筋トレは、ユウマの無意識の概念誘導でただの軽い運動になり果て、アリアの精神修養は、ユウマの俗世煩悩によって逆に邪気を呼び込みかけ、アイの裏ワザ攻略本は、ユウマにチュートリアルクエストを強制起動させようとする始末。
「うわあああああもうやめてくれえええええっ!!」
ユウマはついにキレた。
自己分析どころか、ただただ仲間たちの善意(迷惑)と、胸元の『冥王の宝珠』から響くエンマのスパルタ指導(始末書要求)に振り回されるだけの日々。
(無理だ…! 俺には、無理なんだ…!)
(強くなりたいなんて、思ったのが、間違いだったんだ…!)
(俺は、ただの、コンビニ店員なんだよ…! 奇跡なんて、起こせるわけない! みんなを、守れるわけない!)
その日、ユウマは、ついに、全ての修行を、放棄した。
彼は、離宮の、一番、奥まった、薄暗い書庫に、一人、閉じこもり、膝を抱えて、蹲っていた。
自己嫌悪と、無力感。
押し寄せる、責任の、重圧。
魔王継承戦への、恐怖。
彼の心は、完全に、絶望に、飲み込まれていた。
(どこかへ、行きたい…)
(こんな、面倒な、世界じゃない、どこかへ…)
(誰か…誰か、助けてくれ…!)
(この、めちゃくちゃな、状況を、なんとかしてくれ…!)
(正しい道を、示してくれ…!)
それは、もはや、ただの、現実逃避ではなかった。
混沌の中で、秩序を、理性を、導きを、心の底から、渇望する、魂の、悲鳴だった。
ユウマの、その、極限の、『絶望』と、『救済への渇望』。
それが、引き金だった。
【ユウマの『救いを求める絶望』が、『世界の理』そのものに、干渉し、『秩序と道を体現する存在』との、強制的な、因果律接続の概念へと、反転・暴走する】
ピシッ。
ユウマの、目の前の、空間が、まるで、割れた、鏡のように、亀裂が、走った!
それは、禍々しい、魔界の門でも、温かい、光の扉でもない。
ただ、静かに、そして、有無を言わさず、異なる、次元と、繋がった、穴だった。
その頃。
遥か、別の次元。日本、東京。
静まり返った、小さな、剣術道場。
板張りの、床の上で、一人の、壮年の男が、静かに、目を閉じ、瞑想していた。
年は、五十を過ぎているだろうか。白髪混じりの、短く刈り込んだ髪。厳しい、修行によって、鍛え上げられた、しかし、無駄のない、肉体。身に纏っているのは、質素な、藍色の道着と、袴。
彼こそが、「宮本剣術道場」の道場主、宮本健太郎だった。
彼は、つい先ほど、三度目の、異世界での、使命を終え、ようやく、故郷へと、帰還したばかりだった。長年の、戦いの、疲れを癒やすため、静かに、己の、内側と、向き合っていた、その、瞬間。
(…む?)
彼の、研ぎ澄まされた、感覚が、ありえない、空間の、歪みを、捉えた。
次の瞬間、彼の身体は、抗いがたい力によって、道場の床から、引き剥がされ、別の、次元へと、強制的に、引きずり込まれていった!
バヂヂヂッ!
アスモデアの離宮の、薄暗い書庫の中に、空間の裂け目から、一人の中年の男が、転がり出るように、現れた。
宮本健太郎だった。
彼は、受け身を取り、即座に、立ち上がる。しかし、目の前に広がる、異様な光景―――禍々しい装飾の部屋、そして、床で、膝を抱えて、蹲っている、絶望に満ちた、若い男―――に、完全に、状況を、把握できずにいた。
(…どこだ、ここは…!? 神の、仕業か!?)
その時、書庫の扉が、勢いよく開き、ガガルが、心配そうに、顔を覗かせた。
「ユウマ様! いったい、どうなさったのですか! 声が聞こえましたが…」
彼は、部屋の中に、見慣れぬ、道着姿の男がいることに気づき、警戒して、一歩、踏み出した。
しかし、健太郎の目には、それは、完全に、「魔物が、蹲っている若者を、さらに、追い詰めようとしている」ように、見えた。
この、殺伐とした、世界の、空気の中で、彼の、正義感と、剣士としての、本能が、瞬時に、反応した。
「―――離れろッ!!」
鋭い、気合と共に、健太郎は、腰に差していた、古びた、日本刀を、抜き放った!
その動きは、まさに、電光石火。
次の瞬間、彼の、刀は、ガガルの、分厚い、胸当てを、峰打ちで、鋭く、打ち据えていた!
ガギン!!
「ぐおおっ!?」
ガガルは、突然の、衝撃に、数歩、後ずさった。胸当てには、わずかに、亀裂が入っている。
彼は、信じられない、という目で、目の前の、見慣れぬ、服装の、中年男を、睨みつけた。
「…き、貴様! 何奴だ!」
健太郎は、刀を、中段に構え、油断なく、ガガルを、見据える。
その、佇まいは、歴戦の、剣士の、それだった。
「問答無用! その、若者から、手を離さぬか!」
「(…え? 日本人…? 道着…? 刀…?)」
床で、蹲っていた、ユウマは、目の前で、起こっている、あまりにも、非現実的な、しかし、どこか、見慣れた、光景に、完全に、混乱していた。
彼の、絶望が、呼び出したのは、神話の、英雄でも、伝説の、賢者でもなかった。
ただ、一人。
寡黙で、厳格で、しかし、誰よりも、強い、信念を持つ、普通の、日本人の、剣士だったのだ。
ユウマの、物語は、またしても、予測不能な、方向へと、舵を切ろうとしていた。




