第百二十五話 解放者の重圧と、新たな遊戯盤
「…面白いぞ、賢者ユウマ…。貴様は、我が、生涯をかけても、解き明かすに、値する、最高の、『謎』だ…」
『嫉妬公アスモデア』の、その、狂信的なまでの、呟き。
それは、ユウマにとって、勝利の宣言ではなく、新たなる、地獄の始まりを告げる、ゴングだった。
ゲームは、終わった。
檻は、開かれた。
しかし、物語は、終わらない。
解放された、奴隷たちは、最初、ただ、呆然としていた。
しかし、やがて、一人が、ユウマの前に、ひれ伏したのを、きっかけに。
次々と、その場に、膝をつき、嗚咽を漏らし始めたのだ。
それは、感謝であり、崇拝であり、そして、救いを求める、祈りだった。
「…あ、ありがとうございます…! 聖者様!」
「我らを、この、地獄から…!」
「どうか、我らに、行くべき道を…!」
彼らは、自由になった。
しかし、帰る故郷も、生きる術も、持たない。
だから、彼らは、自分たちを、救ってくれた、奇跡の、賢者に、その、全てを、委ねようとしていた。
「(…また、このパターンか…!)」
ユウマの、顔が、引きつった。
「い、いや、俺は、別に、君たちの、リーダーとかじゃ…」
その、弱々しい、否定を、打ち消したのは、仲間たちの、声だった。
「何を、おっしゃいますか、ユウマ様!」
ガガルが、誇らしげに、胸を張る。
「貴方様が、お救いになられた、民が、貴方様に、従うのは、当然の理!」
「ええ。賢者様は、彼らに、自由という、新たな、命を、お与えになったのです。彼らの、魂は、もはや、貴方様と、共にありますわ」
アリアは、その、あまりにも、美しい、光景に、うっとりと、目を細めている。
「主サマ、ファンクラブできたじゃん! やるぅ!」
アイは、完全に、他人事だった。
その、感動的な(そして、ユウマにとっては、絶望的な)光景を、嘲笑うかのように、アスモデアの、冷たい、声が、響いた。
「…くだらない、茶番だ」
彼は、いつの間にか、ユウマの、すぐ、そばに立っていた。
「彼らの、未来など、どうでもいいだろう? それよりも、賢者殿。我々の、ゲームは、まだ、終わってはいない」
「もう、たくさんだ!」
ユウマは、思わず、叫んだ。
「あんたの、イカサマゲームには、もう、付き合わない!」
「イカサマ?」
アスモデアは、心底、楽しそうに、笑った。
「そう、私は、イカサマをしていた。だが、貴殿は、その、世界の理すら、捻じ曲げて、私に、勝った。…つまり、もはや、確率や、運を、賭ける、ゲームでは、貴殿を、楽しむことは、できんということだ」
彼は、一歩、ユウマに、近づいた。
その、蛇のような、瞳が、妖しく、光る。
「だから、次なる、ゲームを、用意した。…今度は、貴殿が、喉から、手が出るほど、欲しがるであろう、褒賞を、賭けて、な」
アスモデアは、囁いた。
「『力の宝玉』。…その、在り処に、繋がる、唯一の、手がかり。それを、賭けよう」
「「「!」」」
仲間たちの、顔色が変わる。
「もちろん、タダではない」と、アスモデアは、続けた。
「貴殿には、一つ、私の、遊戯に、付き合ってもらう。…もうすぐ、この魔都で、百年ぶりに、『魔王継承戦』が、開催される」
「魔王…継承戦…?」
「そう。魔王不在の、この魔界で、次なる、玉座に、最も、近い者を、決めるための、血で血を洗う、バトルロワイヤルよ」
いつの間にか、会話に、加わっていた、リリスが、補足した。
「七大公が、それぞれ、代理人を立てて、殺し合わせる、悪趣味な、祭りよ」
「その通りだ」と、アスモデアは、頷いた。
「私の、代理人として、その、トーナメントに、出場しろ、賢者ユウマ。そして、その、常識外れの、力で、この、退屈な、継承戦を、滅茶苦茶に、掻き乱して、見せろ」
「それが、貴殿が、褒賞を、手に入れるための、唯一の、条件だ」
それは、あまりにも、悪魔的な、取引。
魔界の、混沌の、ど真ん中に、自ら、飛び込め、という、狂気の、招待状。
ユウマは、答えられなかった。
彼の、仲間たちは、顔を、見合わせる。
その、重苦しい、沈黙を、破ったのは、意外にも、解放された、奴隷の、中から、聞こえてきた、か細い、声だった。
「…あ、あの…賢者様…」
一人の、獣人の、少女が、おずおずと、ユウマの、服の、裾を、引いていた。
「…どうか、お受けください。…貴方様なら、きっと、勝てます。そして、この、腐った、魔界を、変えることが、できるはずです…!」
その、純粋な、祈りの、言葉。
それは、他の、奴隷たちにも、伝染した。
「そうです、賢者様!」
「我らの、希望となってください!」
ユウマは、完全に、追い詰められた。
背後には、彼を、信じる、仲間たち。
目の前には、彼を、利用しようとする、魔族の、王。
そして、足元には、彼に、全てを、託そうとする、救われた、民衆。
(…もう、俺に、逃げ場は、ないのか…)
ユウマは、静かに、天を仰いだ。
彼の、平穏な、日常は、もはや、どこにもない。
あるのは、次から、次へと、降りかかってくる、壮大な、面倒事と、彼に、全てを、期待する、世界だけ。
彼は、ゆっくりと、アスモデアを、見据えた。
その瞳には、もはや、諦観だけでなく、何かを、守るための、静かな、決意の光が、宿り始めていた。




