第百二十一話 魔王不在の首都と、三人の王の案内状
「―――こいつの、眠りを、邪魔するな」
ユウマの、静かな、しかし、絶対的な拒絶。
それが、目に見えぬ力となって、襲いかかってきた魔物たちを、空の彼方へと、吹き飛ばした。
後に残されたのは、完全な静寂と、呆然と立ち尽くす、仲間たちだけだった。
「…主サマ…」
アイが、ごくりと、喉を鳴らす。
「今…マジで、やったの…?」
「おお…!」
ガガルは、もはや、感動で、言葉もなかった。
「ユウマ様が…ついに、自らの、お力で、敵を…! しかも、指一本、触れることなく…! これぞ、覇王の、覇気!」
ユウマは、自分の、両手を見つめていた。
(…できた…)
彼は、ただ、邪魔するな、と、強く、思っただけだった。
その、純粋な想いが、これほどの力を、生み出した。
それは、彼にとって、初めての、成功体験であり、そして、自らの、異質さを、改めて、突きつけられた、瞬間でもあった。
「…ようやく、自分の、力の、使い方を、覚え始めた、みたいね」
リリスは、その光景を、満足げに、見つめていた。
「さあ、行きましょうか。…こんな、場末の商店街で、油を売っている、暇は、なくなったわ。…本当の、魔界が、あんたを、呼んでる」
リリスに導かれ、一行は、魔界銀座商店街の、最も、奥にある、寂れた、駅へと、たどり着いた。
そこに、停まっていたのは、黒曜石と、亡者の骨で、作られたかのような、禍々しい、蒸気機関車だった。
「『冥府鉄道』。魔界の、主要な、七つの、領域を、結ぶ、唯一の、交通手段よ」
リリスは、こともなげに、言った。
「これから、向かうのは、七大公が、覇権を争う、魔界の、中心地。…魔王が、不在となって以降、『魔都』と呼ばれている、混沌の、首都よ」
一行が、列車に乗り込むと、中は、外見とは、裏腹に、豪華な、客室となっていた。しかし、乗客は、誰もが、一筋縄ではいかない、強大な魔力を放つ、魔族ばかり。彼らは、ユウマたち、特に、その中に混じる、天使のアリアを、値踏みするように、じろじろと、見ていた。
列車が、ゆっくりと、動き出す。
窓の外の、のどかな(?)商店街の風景が、みるみるうちに、歪んでいく。空間が、捻じ曲げられ、車窓は、血のように赤い、荒野や、絶望の、淵のような、渓谷を、映し出した。
その、異様な、旅路の、途中だった。
三つの、厄介事が、再び、同時に、舞い込んできた。
ヒュンッ!
白銀の、機械鳥が、空間の歪みを、ものともせず、車内に、飛び込んできた。ウィルナス王からだった。
ぬるり。
ガガルの、足元の影から、漆黒の、魔界の使者が、這い出し、跪いた。魔将軍ザラキエルからだった。
ブブブブブブッ!
そして、ユウマの胸元で、『冥王の宝珠』が、けたたましい、バイブレーションを、始めた。もちろん、冥王エンマからだった。
三人の王からの、メッセージは、奇しくも、同じ内容だった。
それは、これから、ユウマが、向かう、『魔都』の、詳細な、地図と、勢力図。そして、それぞれの王からの、『歩き方(推奨ルート)』だった。
『―――まずは、中立地区にある、我が国の、大使館へ、向かえ。そこを、拠点に、情報を集め、慎重に、動くのが、最善手だ』(ウィルナス)
『―――愚か者め。魔都に、中立など、存在せん。我が、同盟者である、七大公が一人、『嫉妬公アスモデア』の、屋敷へ、行け。我が名を出せば、歓迎されるであろう』(ザラキエル)
『―――どちらも、却下だ! 魔都は、現在、法律の、届かぬ、無法地帯! 渡航そのものが、規則違反である! 直ちに、引き返し、正規の、『魔界渡航ビザ』を、申請しろ! それが、唯一、合法で、安全な、道である!』(エンマ)
ウィルナスルート: 安全だが、行動が、監視される、大使館ルート。
ザラキエルルート: VIP待遇かもしれないが、危険な、虎の穴に、飛び込むルート。
エンマルート: 最も安全だが、今すぐ、Uターンして、お役所仕事に戻るルート。
「(…全部、嫌だ…)」
ユウマは、頭を抱えた。
彼は、腕の中の、チビすけを、見つめた。
(…俺が、選ばなきゃ、いけないのか…)
(…こいつを、守るために、一番、いい道は、どれだ…?)
ユウマが、初めて、自らの、意志で、未来を、選択しようと、した、その時。
「―――次の駅は、『魔都』、『魔都』。お降りの方は、お忘れ物のないよう、ご注意ください」
車内に、気の抜けた、アナウンスが、響き渡った。
列車が、ゆっくりと、速度を落とし、巨大な、駅の、ホームへと、滑り込んでいく。
ユウマは、まだ、何も、選べていない。
しかし、彼の、意思とは、関係なく。
彼は、ついに、混沌の、ど真ん中へと、到着してしまった。
ホームに、降り立った、ユウマの、目の前に。
三つの、道の、標識が、立っていた。
一つは、『各国大使館通り』へ。
一つは、『七大公居住区』へ。
一つは、『冥界出張所(ビザ申請課)』へ。
そして、その、標識の、すぐ、足元で。
二つの、ギャング団らしき、魔族の、グループが、縄張りを巡って、今まさに、大乱闘を、繰り広げていた。
「―――ここは、俺たちの、シマだ!」
「―――上等だ、コラァ!」
ユウマは、その、あまりにも、分かりやすい、混沌の、歓迎を、受けながら。
自分が、この、魔界の、中心地で、一体、どうすればいいのか、全く、分からないまま、ただ、呆然と、立ち尽くすのであった。




