第12話:忠誠は腕の味
森の静寂の中、ユウマはリリスから聞かされた『精霊の宝玉』の正体に、ただただ絶望していた。
プライドの高い王の意志が宿る、とんでもない爆弾。それが今、自分の懐で静かに輝いている。
(もうだめだ…家に帰りたい…)
ユウマが精神の限界を迎え、どんよりとした空気が一行を包み込んだ、その時だった。
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ………。
場の雰囲気をぶち壊すように、盛大な腹の虫の音が響き渡った。
音の発生源は、もちろんユウマだ。村を逃げ出してからの精神的・肉体的疲労が、正直な食欲となって現れたのだ。
彼は羞恥に顔を真っ赤にした。
「あ…、ご、ごめん…。腹が…減って……」
その消え入りそうな呟きを聞いた瞬間、ガガルの目がカッと見開かれた。
主君が空腹を訴えておられる! 一大事である!
「ユウマ様ッ!」
ガガルは即座に立ち上がり、鋭い視線で周囲を見渡した。しかし、ここは森の奥深く。食べられそうな木の実もなければ、都合よく獲物が通りかかる気配もない。忠実なる従者として、主君を飢えさせてしまうなど、万死に値する失態。どうすべきか。思考を巡らせたガガルは、やがて至高の結論にたどり着いた。
(そうだ…食料がないのではない。ここに、最高の食料があるではないか!)
彼は振り返り、満面の笑みでユウマに向き直った。
「ユウマ様! 辺りに食料が見当たらず、申し訳ございません! しかし、ご安心を! ここに極上の食料がございます!」
「え?」とユウマが不思議そうな顔をする前で、ガガルは自身の屈強な左腕を、バン!と力強く叩いた。
「我が魔族の肉体は、いわば魔力の塊! 特にこの腕は、幾多の敵を打ち砕いた力が凝縮されており、栄養も満点でございます! どうぞ、我が腕を!」
ガガルはそう言うと、残された右腕で腰の戦斧を抜き放ち、一切の躊躇なく、自らの五体満足な左腕を肩口から一閃のもとに切り落とした。
ザシュッ、と肉を断つ鈍い音が森に響く。
そして彼は、切り落としたばかりでまだピクピクと痙攣している己の腕を、まるで最高級の馳走を捧げるように、恭しくユウマの眼前に差し出した。
「さあ、ユウマ様! どうぞ、お召し上がりください! これで貴方様の体力も、すぐに回復なされるはず!」
血の滴る、生々しい肉塊。
それが、満面の笑みを浮かべた忠実なる(狂信的な)従者によって、食事として差し出される。
ユウマの理性は、完全に限界を突破した。
「いらないいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」
森の獣たちが再び一斉に逃げ出すほどの、魂からの絶叫だった。
「おお! ご遠慮なさらず!」
「遠慮じゃなくて拒絶だから! 絶対にいらないから! 早くそれをしまって!!」
この異常極まりない光景に、アリアは若干引き気味に、しかし感涙を浮かべていた。
「まあ…! 賢者様のために自らの肉体を…! なんという献身と忠誠心! …ですが、賢者様のおっしゃる通り、少しだけ、ほんの少しだけ、野蛮な気がいたしますわ…!」
唯一、リリスだけが目を輝かせている。
「アハハ! 最高じゃない! 魔族の腕なんて滅多に食べられないわよ。新鮮で魔力たっぷり。よかったわねユウマ、ディナーにありつけて。もし食べないっていうなら、私にちょうだいな」
「誰にもやらないから早く捨ててきて!」
「ユウマ様、新鮮なうちにお早く!」
「賢者様は、そのような穢れたものではなく、清浄なマナで空腹を満たされるのです!」
「あら、こっちのほうが絶対美味しいのに。ねえ、一口だけでもどう?」
ユウマの絶叫、ガガルの勧め、アリアの擁護、リリスの茶々が入り乱れ、森の中は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
ただ、温かい普通の食事がしたい。
そんな、元コンビニ店員のささやかな願いは、忠誠という名の狂気によって、またしても木っ端微塵に砕け散るのであった。




