第百十六話 魔界B級グルメと、日常の攻防
「―――ようこそ! 魔界銀座商店街へ」
ユウマが、その古びた木製のアーチをくぐった先は、混沌と、活気と、そして、食欲をそそる香ばしい匂いに満ちていた。
そこは、彼が想像していた、血と暴力に満ちた魔界とは、似ても似つかぬ、どこか懐かしい、下町の商店街だった。
「…へえ」
リリスは、その、猥雑な空気を、大きく吸い込むと、懐かしそうに、目を細めた。
「安い酒と、焼いた臓物の匂い…。変わらないわね、ここは」
「え、ここって、もしかして…」
ユウマが、恐る恐る尋ねると、リリスは、けろりと言った。
「ええ。私の、地元よ」
「「「じもと!?」」」
ユウマと、アリアと、アイの声が、綺麗にハモった。
「リリス様の、ご生誕の地が、このような、活気あふれる場所だったとは…!」
アリアは、必死に、聖なるものを見出そうと、きょろきょろしている。
「マジで!? リリスっちの地元!? 超ウケるんだけど! てか、ウチらが今歩いてんの、リリスっちの通学路とかだったりするわけ!?」
アイは、完全に、聖地巡礼のノリだった。
「フン。我が魔王軍の、偉大なるリリス様の、故郷にしては、威厳が、足りんな」
ガガルだけが、不満げだった。
一行は、珍しい魔界の食材や、怪しげな骨董品を、眺めながら、商店街を、進んでいく。
その、道中だった。
「へい、らっしゃい! 新鮮な、オーク肉だよ! 今朝、闘技場で、絞めたばかりの、ピッチピチだぜ!」
威勢のいい、ダミ声。
屋台では、一本眼の、屈強な、鬼のような魔物が、巨大な、肉の塊を、包丁で、豪快に、捌いていた。
その、看板を見た、ガガルが、ぴたり、と足を止めた。
彼は、その肉を、じっと見つめると、なぜか、誇らしげに、頷いた。
「フン! やはり、オーク族の肉は、極上よな!」
「おう、兄ちゃん、分かってるじゃねえか!」
店主が、ニヤリと笑う。
「だが、すまねえな。一番、うめえ、ロースの部分は、さっき、売り切れちまってよ」
その言葉を聞いた、ガガルは、待ってましたとばかりに、自らの、たくましい、左腕を、**どん!**と、肉屋の、まな板の上に、置いた。
「フン! 極上の部位が、ないだと? ならば、これを、使うがいい!」
彼は、真顔で、言い放った。
「我が、ベヒーモスと、ミノタウロスの血を引く、この腕! これこそが、七つの世界において、最も、至高の、オーク肉である! さあ、我が主君、ユウマ様のために、最高の、串焼きに、するがいい!」
「おお、兄ちゃん! マジか! 見てみろ、この、霜降り具合…!」
店主が、本気で、目を輝かせ、包丁を、握り直す。
「やめろおおおおおおおっ!!」
ユウマの、悲痛な、絶叫が、響き渡った。
「自分の腕を、肉屋に、差し出すな! そして、あんたも、その肉を、『霜降り』とか言うな!」
ユウマは、必死に、ガガルを、その場から、引き剥がした。
その、一連の、コントのような、やり取りが、終わった、直後。
今度は、別の、厄介事が、アイに、降りかかった。
「よぉ、そこの、姉ちゃん。見ねえ顔だな。エルフか? いいじゃねえか、その耳」
路地裏から、現れたのは、髪を、油で、テカテカに光らせた、インキュバス風の男と、革ジャンを着た、角付きの魔族の、二人組だった。
典型的な、ナンパだった。
「俺たちと、いいこと、しねえ? この、ダセえ、連中より、よっぽど、楽しませてやるぜ?」
下品な、笑みを浮かべる、二人組。
ガガルと、アリアが、即座に、前に出ようとする。
「待ちたまえ、君たち!」
「その、不純な、手を、お離しなさい!」
「ちょ、ストップ、ストップ!」
その、一触即発の、空気を、制したのは、当の、アイだった。
彼女は、慌てる、仲間たちを、手で制すると、くるり、と振り返り、二人組に向かって、完璧な、100点満点の、営業スマイルを、浮かべた。
「えー、マジでー? 超うれしー! てか、お兄さんたち、ちょーイケメンじゃん!」
アイの、あまりにも、手慣れた、対応に、二人組は、一瞬、たじろぐ。
「でも、ゴメーン」
アイは、ぺろり、と、可愛らしく、舌を出した。
「今、推し活中で、マジ、忙しいんだよねー! この、主サマの、追っかけで、七つの世界、全部、回る、予定だからさ!」
彼女は、ユウマの腕に、ぎゅっと、しがみついて見せる。
「だから、また、今度、次元が、交差したら、声かけてくれる? じゃ、バイバーイ!」
アイは、完璧な、笑顔のまま、手を振ると、唖然としている、二人組に、背を向けた。
後に残されたのは、「…おしかつ…?」「…じげんが、こうさ…?」と、ただ、呆然と、立ち尽くす、二人組だけだった。
「…なんという、神業…」
アリアが、その、完璧な、あしらいの技術に、戦慄していた。
ユウマは、もはや、何も、言えなかった。
この、カオスな、商店街で、自分の仲間たちが、それぞれ、驚くべき、才能を、発揮している。
そのことに、感心すべきなのか、呆れるべきなのか、分からなくなっていた。
「…さて、と」
リリスが、やれやれ、と首を振った。
「歓迎の、儀式も、済んだことだし。…私の、家は、こっちよ。まあ、数百年、帰ってないから、埃だらけでしょうけどね」
ユウマは、その、言葉に、ほんの、少しだけ、安らぎを、感じながら。
この、魔界の、下町で、一体、どんな、一夜が、待っているのか、全く、想像もつかないまま、リリスの、後に、続くのであった。




