第百十五話 魔界銀座商店街と、束の間の休息
『―――ようこそ! 魔界銀座商店街へ』
ユウマの、究極の、帰宅願望と、怠惰精神が、創り出してしまった、第四の、そして、最も、ありえない『門』。
その、あまりにも、気の抜けた、門構えを前に、三人の王は、それぞれの通信手段を通して、阿鼻叫喚の、渦中にいた。
『…なんだ、あれは…』と、ウィルナスが、絶句し。
『…我が、魔界に、あのような、ふざけた、入り口は、存在せん…!』と、ザラキエルが、困惑し。
『規則違反だ! 届け出のない、異世界ゲートの、無許可建設は、空間法第百七条に、違反する! 撤去しろ! 今すぐ、撤去しろォォォッ!!』と、エンマが、ヒステリックに、絶叫していた。
その、神話級の、存在たちの、混乱を、BGMに。
ユウマと、その仲間たちは、ただ、目の前の、謎の商店街アーチを、呆然と、見つめていた。
「…主サマ…。なんか、焼きそばの、匂い、しない…?」
アイが、くんくん、と鼻を鳴らす。
確かに、アーチの向こう側から、香ばしい、ソースの匂いと、威勢のいい、呼び込みの声が、微かに、聞こえてきていた。
その、張り詰めた、しかし、どこか、気の抜けた、空気を、破ったのは、リリスの、静かな、ため息だった。
彼女は、頭を抱えて、固まっている、ユウマの、肩を、ぽん、と軽く、叩いた。
「いいじゃない」
「え?」
ユウマが、顔を上げる。
リリスは、やれやれ、と首を振り、その、妖艶な、唇に、悪戯っぽい、笑みを浮かべた。
「王様たちの、面倒な、ゲームも、神様の、お説教も、少し、疲れたし、休憩しましょう」
彼女は、そう言うと、誰よりも、先に、その、気の抜けた、木製のアーチへと、向かって、歩き始めた。
「それに、面白そうじゃない。魔界の、B級グルメっていうのも」
「あ、リリス様!?」
アリアが、慌てて、声を上げる。
「え、マジで行くの!? ウケる! ウチも、行く!」
アイは、好奇心に、目を輝かせ、リリスの、後に、続いた。
「フン! 我が主君が、休息を、お望みとあらば、このガガル、いかなる場所であろうと、お供するまでよ!」
ガガルも、ユウマが、この道を選んだのだと、勝手に、解釈し、胸を張って、アーチへと、向かう。
「いや、俺は、まだ、何も…」
ユウマの、弱々しい、抵抗も、虚しい。
仲間たちは、次々と、その、謎の門を、くぐっていく。
『待て! 待て、佐藤優馬! その、違法建築物に、立ち入るな!』
胸元で、エンマが、必死に、叫んでいる。
ユウマは、一人、取り残された。
目の前には、どこか、懐かしい、商店街の入り口。
背後では、三人の王の、思惑が、渦巻いている。
彼は、深く、深く、ため息をつくと、全てを、諦めた。
(…もう、いいや。焼きそば、食べたい…)
ユウマは、最後の、一人として、その、古びた、木製のアーチを、くぐった。
その瞬間、背後で、ギャーギャーと、騒いでいた、王たちの声が、ぴたり、と止んだ。
どうやら、この門は、彼らの、干渉を、遮断する、効果も、あるらしい。
そして、ユウ-マの、目の前に、広がったのは。
どこまでも続く、赤提灯の、列。
威勢のいい、ダミ声で、客引きをする、角の生えた、魔物の、おじさん。
たこ焼きのように、丸い、目玉を、鉄板で、焼いている、屋台。
そして、鼻腔を、くすぐる、ソースと、油の、香ばしい、匂い。
そこは、戦場でも、宮殿でも、聖域でもない。
ただ、どこにでもありそうな、活気に満ちた、下町の、商店街だった。
ユウ-マは、その、あまりにも、平和で、あまりにも、俗っぽい、光景に、呆然と、立ち尽くした。
彼が、求めていた、平穏は、意外にも、こんな、場所に、あったのかもしれない。
もちろん、彼が、まだ、気づいていないだけで。
この、一見、平和な、商店街こそが、魔界で、最も、厄介で、最も、面倒な、連中が、集まる、無法地帯であるということを。
彼の、束の間の、休息は、新たな、混沌の、始まりに過ぎなかった。




