第百十四話 崩壊する書庫と、三者三様の催促状
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
『全知の書庫』全体が、激しく揺れ、崩壊を始めていた。
ユウマ一行が飛び乗った、禁断のエレベーターは、凄まじい速度で、地上へと降下していく。その動きは、もはや、優雅な昇降機ではなく、自由落下する、ただの鉄の箱だった。
「うわあああああっ!」
「きゃあああっ!」
ユウマとアイの、情けない悲鳴が、箱の中に響き渡る。
やがて、凄まじい衝撃と共に、エレベーターは、地上階に、不時着した。
一行が、這うようにして、外に出ると、目の前で、信じられない光景が、繰り広げられていた。
大地そのものが、姿を変えていた、巨大な『本』が、ゆっくりと、そのページを閉じ、再び、ただの、広大な、石畳の平原へと、戻っていく。
数千年の、知の結晶は、主を失い、再び、百年の眠りについたのだ。
「…終わった…のか?」
ユウマが、呆然と、呟いた、その時。
まるで、その瞬間を、待っていたかのように、三つの、厄介事が、同時に、舞い込んできた。
ヒュンッ!
空から、白銀の、機械鳥が、舞い降り、ユウマの目の前に、新たな、水晶の筒を、落とした。
ウィルナス王からだった。
ぬるり。
地面の影から、漆黒の、魔界の使者が、這い出し、ユウマの足元に、禍々しい、羊皮紙を、置いた。
魔将軍ザラキエルからだった。
ブブブブブブッ!
そして、ユウマの胸元で、『冥王の宝珠』が、これまでで、最も、けたたましい、バイブレーションを、始めた。
もちろん、冥王エンマからだった。
三つの、メッセージが、同時に、再生される。
あたりは、神話級の、存在たちによる、壮絶な、プレゼン合戦の、会場と化した。
『―――見事だ、賢者ユウマ』
ウィルナスの、ホログラムが、満足げに、語りかける。
『次なる、盤面は、『力の宝玉』。魔界へと、至る、最も、安全な、裏口の、座標を、教えてやる。だが、その門を、開くには、古代の、試練を、乗り越える、必要が、あるがな。…さあ、どうする?』
『―――人の子の、戯言に、付き合うな、『器』よ』
魔界の使者が、頭を垂れたまま、ザラキエルの、声を、代弁する。
『真の、力とは、書物の中には、ない。我が、魔界へ、来い。我が、軍が、用意した、最短、最速の、道で、貴様を、直々に、案内してやろう。…さあ、選べ』
『―――どちらも、却下だ! 許可できん!』
冥王の宝珠が、エンマの、怒りに満ちた、絶叫を、響かせる。
『魔界への、渡航は、世界の、均衡を、乱す、最重要案件である! まずは、人間界・魔界間の、暫定渡航協定に基づき、申請書、様式88-Fを、三部提出し、我が、在外公館の、厳正なる、審査を、受けるのだ! それが、唯一、合法で、安全な、道である!』
ウィルナスルート: 謎解き付きの、安全な、裏道。
ザラキエルルート: 罠かもしれないが、楽そうな、VIP待遇の、直通ルート。
エンマルート: 絶対に、安全だが、気が、遠くなるほど、面倒な、正規ルート。
ユウマは、頭を抱えた。
三者三様の、あまりにも、面倒くさい、選択肢。
どれを選んでも、地獄しか、見えない。
(もう、嫌だ…)
彼の、思考が、完全に、停止する。
(どれでもいい…どれでもいいから、一番、近くて、一番、楽な、道で、さっさと、終わらせて、家に、帰らせてくれ…)
ユウマの、その、究極の、怠惰と、帰宅願望が、引き金だった。
【ユウマの『近くて楽な道がいい』という、怠惰の極致の概念が、三人の王が、提示した、三つの『道』の、概念と、衝突・融合する】
世界が、再び、軋んだ。
ユウマの、目の前の、何もない、空間に、まるで、蜃気楼のように、四つ目の、『門』が、ゆらりと、現れ始めたのだ。
その門は、
ウィルナスの門のように、洗練されてもいない。
ザラキエルの門のように、禍々しくもない。
エンマの門のように、堅苦しくもない。
それは、まるで、どこかの、田舎町の、駅前にあるような、古びた、木製の、アーチだった。
アーチには、『ようこそ! 魔界銀座商店街へ』と、気の抜けた、手書きの文字が、書かれていた。
「「「「「……………は?」」」」」
ユウマを含めた、全員の、声が、ハモった。
『なっ…!?』
『…なんだ、あれは…』
『…き、規則違反だ! 届け出のない、異世界ゲートの、無許可建設は、空間法第百七条に、違反する! 撤去しろ! 今すぐ、撤去しろォォォッ!!』
三人の、王もまた、完全に、混乱していた。
ユウマは、目の前に、現れた、あまりにも、気の抜けた、第四の、選択肢を、ただ、呆然と、見つめていた。
そして、その、アーチの、向こう側から、微かに、聞こえてくる、威勢のいい、呼び込みの声と、香ばしい、ソースの匂いに、気づいた。
(…なんか、焼きそば、売ってる…?)
彼の、平穏を求める、本能が、告げていた。
この、ふざけた門の、向こう側が、一番、安全で、一番、楽で、そして、一番、美味しい、道に、違いない、と。




