第百十二話 禁断のエレベーターと、最深部の主
「…システム、再起動…シャットダウン…zzz…」
書庫の番人、アルカナが、煙を吹いて、機能停止する。
その、あまりにも、シュールな光景を前に、一行は、しばし、呆然としていた。
「…ちょ、マジで、壊れちゃったんだけど」
アイが、倒れているアルカナを、足で、つんつん、と突く。
「フン! 我が主君の、御業の前に、機械人形の、矮小な、論理など、無力であったというわけだ!」
ガガルは、すでに、勝利宣言をしている。
ユウマは、目の前に、鎮座する、あまりにも、場違いな、エレベーターの扉を、見上げていた。
(…本当に、これ、乗っていいのか…?)
罪悪感が、胸を、ちくりと刺す。しかし、あの、無限に続く、書架の迷宮を、歩いて、登ることを、考えれば、この、文明の利器の、誘惑は、あまりにも、大きすぎた。
「…仕方ないだろ」
ユウマは、自分に、言い聞かせるように、呟いた。
「…こいつが、勝手に、出てきたんだから」
彼は、意を決して、『開』のボタンを、押した。
ウィーン、と、静かな、駆動音と共に、扉が、開く。
中は、柔らかな光に包まれた、広々とした、空間だった。壁には、ご丁寧に、『B1F』から、『100F(最深部)』までの、階数表示ボタンまで、設置されている。
「おお…! これが、ユウマ様の、お創りになった、『昇降機』か!」
「すっげえ! 超、未来じゃん!」
仲間たちが、わらわらと、エレベーターに、乗り込んでいく。
ユウマは、最後に、もう一度だけ、機能停止している、アルカナに、心の中で、謝ると、その、禁断の箱へと、足を踏み入れた。
彼が、『100F(最深部)』のボタンを、押した、瞬間。
扉が、静かに、閉まり、エレベーターは、滑るように、上昇を、始めた。
窓の外を、凄まじい、速度で、流れていく、無数の、書架。
本来ならば、何日、何ヶ月とかけて、解き明かすべき、知の、迷宮を、彼らは、わずか、数分で、踏破してしまったのだ。
やがて、エレベーターは、最上階へと、到着した。
扉が、開くと、そこは、これまでの、書庫とは、全く、違う、空間だった。
壁も、床も、天井も、全てが、真っ白な、大理石で、できており、その、中央には、巨大な、水晶の、台座が、ぽつんと、置かれている。
そして、その、台座の上に。
一冊の、古びた、革張りの、本が、静かに、鎮座していた。
その本こそが、この、『全知の書庫』の、心臓部。そして、その、中に、封じられているであろう、『知の宝玉』。
「…あった…」
ユウマが、思わず、呟いた。
あまりにも、あっけなく、目的地に、たどり着いてしまった。
一行が、その本へと、近づこうとした、その時。
どこからともなく、威厳に満ちた、しかし、どこか、疲弊しきった、老人の声が、響き渡った。
『…待ちたまえ』
声は、その、本から、直接、響いてくるようだった。
『…一体、何が、起こっておるのだ…。ワシの、完璧な、試練の、システムが、次々と、強制終了されていく…。入り口の、結界は、破られ、番人は、機能停止…。そして、何より、この、エレベーターは、何なのだ! ワシは、こんなもの、設計した覚えは、ないぞ!』
その声は、完全に、パニックに、陥っていた。
「誰だ!?」
ガガルが、斧を構える。
『…ワシは、この、書庫の、創設者にして、最初の、司書…。そして、『知の宝玉』の、守護者たる、大賢者、アガスティアの、残留思念じゃ…』
声は、続けた。
『…貴様ら、一体、何者なのだ。どうやって、ワシの、試練を、全て、突破した…』
その、問いに、答えたのは、ユウマではなかった。
彼の、胸元で、輝く、『冥王の宝珠』から、エンマの、冷徹な、声が、響き渡ったのだ。
『―――久しぶりだな、アガスティア。相変わらず、面倒くさい、仕掛けを、作っておるようだな』
『…その声は…冥王エンマか!? なぜ、おぬしが、ここに!』
『答えは、簡単だ』と、エンマは、言った。
『貴殿の、その、古臭い、システムでは、もはや、計測不能な、規格外の、『バグ』が、現れた。ただ、それだけのことよ』
エンマの、その、あまりにも、的確な、説明。
それを、聞いた、アガスティアの、残留思念は、しばし、沈黙した後、全てを、悟ったかのように、深く、深く、ため息をついた。
『…そうか…。ついに、現れたか。世界の、理を、書き換える、歩く、特異点が…』
その声には、もはや、敵意はなかった。
ただ、長年の、役目から、解放される、安堵の色だけが、浮かんでいた。
『…もう、よい。持って、行くがよい』
アガスティアは、静かに、言った。
『ワシは、もう、疲れた…。この、面倒な、宝玉の、管理も、今日で、終わりじゃ…』
その言葉を、最後に、本の、輝きが、収まり、ただの、古い本へと、戻った。
ユウマは、目の前で、繰り広げられた、超常存在同士の、会話を、ただ、呆然と、聞いていることしか、できなかった。
彼は、まだ、気づいていない。
自分の、ただの、面倒くさがり精神が、数千年間、この、書庫を、守り続けてきた、伝説の、大賢者の心を、完全に、へし折ってしまった、という、とんでもない、事実に。
そして、その結果、彼は、何の、試練も、戦いもなく、二つ目の、創世の宝玉を、手に入れてしまったのだった。




