第百十話 全知の書庫と、入館資格
『始末書だ! 様式4C-88! 規則違反に至った経緯を、五千字以内で、三部提出しろ!』
ウィルナス王のルートを選択して以降、ユウマの胸元にある『冥王の宝珠』は、冥王エンマによる、けたたましい警告音と、 бесконечные (むげん) の説教を、垂れ流し続ける、厄介なスピーカーと化していた。
「(…もう、いっそ、捨ててしまいたい…)」
ユウマが、本気で、そう考えた、その時。
馬車の窓から、すっと、白銀の機械鳥が、舞い込んできた。そして、冥王の宝珠を、威嚇するかのように、その周りを、旋回し始める。ウィルナス王からの、ささやかな、嫌がらせだった。
『…なんだ、その、ブリキの鳥は! 航空法に違反しておるぞ!』
「ピー! ピー!(やかましい、石頭!)」
宝珠と、機械鳥による、神話級の、低レベルな、小競り合い。
ユウマは、その、カオスなBGMを、完全に、無視することを、決めた。
やがて、一行が、たどり着いたのは、地平線の、彼方まで、古びた、巨大な、石畳が、敷き詰められた、広大な、平原だった。
ウィルナスが示した、『全知の書庫』の、出現予測座標。
しかし、そこには、何もない。ただ、風が、吹き抜けるだけの、荒涼とした、場所だった。
「…マジで、何も、ないじゃん」
アイが、つまらなそうに、石畳を、蹴った。
「あの、イケメン王、ガセネタ掴ませたんじゃないの? ウケる」
「馬鹿者! 我らが主君の、選ばれた道だぞ! 静かに、待つのだ!」
ガガルが、アイを、叱責する。
一行は、その、何もない、平原の、中心で、ただ、ひたすらに、待った。
そして、太陽が、空の、真上に、達した、その、瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
大地が、鳴動した。
敷き詰められていた、巨大な、石畳が、まるで、巨大な、歯車のように、組み合わさり、その形を、変え始める。
そして、平原の、中心部が、巨大な、本の、背表紙のように、ゆっくりと、天へと、せり上がってきたのだ!
それは、もはや、建物ではなかった。
大地そのものが、一冊の、巨大な、巨大な、『本』へと、姿を変えていく。
その、本の表紙が、ゆっくりと、開かれると、その、ページと、ページの間に、何百万冊もの、書物によって、築かれた、巨大な、図書館の、内部が、姿を現した。
『全知の書庫』。
それは、建物ではなく、本そのものだった。
「おお…!」
「すげえ…!」
その、あまりにも、幻想的で、壮大な、光景に、ユウマですら、一瞬、心を、奪われた。
しかし、その、感動も、束の間。
図書館の、入り口と思われる、巨大な、アーチの前には、分厚い、光の、障壁が、張られており、その表面には、古代の、文字が、明滅していた。
『―――汝、知を求める者か。ならば、その、資格を、示せ』
「…資格、ですって?」
アリアが、首を傾げる。
「フン! 資格なら、ここにあるわ!」
ガガルが、戦斧を振り上げ、光の障壁に、叩きつけようとする。
しかし、その斧は、障壁に、触れる寸前で、ぴたり、と止まってしまった。
「なっ…!?」
「無駄よ」と、リリスが、ため息をついた。
「あれは、物理的な、障壁じゃないわ。概念的な、『問い』よ。『入る資格がない者』は、そもそも、門を、認識することすら、できない。…私たちを、試しているのね」
資格。
その言葉を聞いて、ユウマは、うんざりした。
(またかよ…)
(本を読むのに、いちいち、資格なんて、いるかよ…)
(普通に、図書館みたいに、誰でも、入れるように、なっていれば、いいのに…)
彼は、ただ、面倒くさい、と思った。
図書館とは、静かで、誰でも、入れて、自由に、本が、読める、場所。
それが、ユウマにとっての、『図書館』の、常識だったからだ。
ユウマの**『図書館とは、そういうものだ』という、あまりにも、平凡で、当たり前な、常識**。
それが、引き金だった。
【ユウマの『常識(図書館は、誰でも入れる)』という概念が、『全知の書庫』の『資格(特別な者しか、入れない)』という、絶対的な、理に、上書きされる】
ピシッ。
一行の目の前にあった、光の障壁に、小さな、亀裂が、入った。
そして、その亀裂は、瞬く間に、全体へと、広がり、まるで、古い、ガラスが、砕け散るかのように、音もなく、消滅した。
『…資格ノ、概念ヲ、再定義…エラー…エラー…。システムヲ、一般開放モードヘ、移行シマス…』
どこからともなく、無機質な、声が、響き渡る。
図書館の、入り口は、完全に、開かれ、ただ、静かに、一行を、招き入れていた。
「「「……………」」」
仲間たちは、絶句していた。
「お、おお…!」
ガガルが、震える声で、言った。
「ユウマ様は、自らの、存在そのものを、『資格』として、お示しになられたのだ! この、書庫の、理を、捻じ曲げて!」
「(違うんだよ…! ただ、面倒くさいって、思っただけなんだよ…!)」
ユウマの、心の叫びは、誰にも、届かない。
彼の、ただの、常識が、神代の、アーティファクトの、絶対的な、ルールを、いとも、容易く、ハッキングしてしまった。
その、とんでもない、事実に、彼だけが、気づかないまま。
一行は、静まり返った、巨大な、知の迷宮へと、その、第一歩を、踏み入れたのだった。




