第11話:神速の代償と王の意志
どれくらい無我夢中で走り続けたのだろうか。
村を飛び出し、街道を駆け抜け、やがて森の中へと続く道に入ったあたりで、ユウマの体力は限界を迎えた。
「はぁ…っ、はぁ…! ぜぇ…っ! も、もう…だめだ……」
肺は焼けつくように痛み、足は鉛のように重い。元コンビニ店員の貧弱な身体は、人生初の全力疾走の代償を容赦なく要求していた。ユウマは道の脇にあった倒木に崩れるように倒れ込み、荒い息を繰り返す。
(ここまで来れば…もう追手も来ないだろ…)
恐怖と疲労で朦朧とする意識の中、彼はようやく安堵の息をもらした。しかし、その平穏は一瞬で打ち砕かれる。
「お見事であります、ユウマ様! まさに神速の行軍!」
「賢者様、ご無理なさらないでください。道中の安全は確保しております」
「あら、もうおしまい? もう少し楽しめるかと思ったのに」
背後から聞こえてきたのは、息一つ切らしていない仲間たちの声だった。ガガルは感嘆の声を上げ、アリアは心配そうに駆け寄り、リリスはつまらなそうにため息をついている。三者三様だが、誰一人として疲れている様子はなかった。
ユウマは、地面に突っ伏したまま、かろうじて顔を上げた。
「み、みんな…なんで…」
(なんでそんな平然としてるんだよ…!?)
その心の叫びを知る由もなく、ガガルは誇らしげに胸を張る。
「ユウマ様が示された神速に、我々が遅れを取るわけには参りません! しかし、これほどの速度で移動しながら、周囲の警戒まで怠らないとは…まさに魔王の行軍術!」
「え…? いや、俺、ただ夢中で逃げ…」
ユウマが弁明しようとした言葉は、アリアの敬虔な祈りによって遮られた。
「なんと深いお考えなのでしょう! 我々の体力が尽きるのを見越し、ちょうど森の精霊たちが歓迎してくれる、この聖なる場所で休息を取られるとは! ご覧ください、木漏れ日が賢者様を祝福しております!」
彼女が指さす先では、確かに木々の葉の間から光が差し込み、キラキラとユウマを照らしていた。ただの偶然に過ぎない現象が、彼女の目には神の奇跡として映っている。
「ご、ごめん…みんなを置いて、俺だけ逃げちゃって…」
体力も気力も尽きたユウマは、最後に残された力で謝罪の言葉を口にした。しかし、その言葉は誰の耳にも正しく届かない。
「逃げる? 何をおっしゃいますか!」
ガガルは心底不思議そうに首を傾げた。
「あれは、我々を次の目的地へと導くための、迅速なる『転進』ではありませんか!」
「そうです、賢者様」とアリアも頷く。「あの村での救済を終えられた貴方様が、一刻も早く次なる試練の地へと向かうのは、当然の理ですわ」
(転進…! 試練の地…!)
ダメだ、こいつらには何を言っても無駄だ。ユウマは会話による相互理解を完全に諦め、ぐったりと地面に伸びた。
そんな彼の様子を、リリスが面白そうに見下ろしていた。
「まあ、細かいことはどうでもいいじゃない。それより、ユウマ。さっきのあの子、見せてみなさいよ」
「…あの子?」
「とぼけないで。あんたの懐で光ってる『精霊の宝玉』のことよ。村長を吹き飛ばした、元気の良い子」
言われて、ユウマはおそるおそる懐から宝玉を取り出した。手のひらに乗った宝玉は、先ほどの凶暴さが嘘のように、ただ静かに、しかし力強い輝きを放っている。
リリスはユウマの手の中の宝玉を覗き込み、興味深そうに目を細めた。
「やっぱりね…。これはただの魔力の塊じゃない。中に『意志』が封じられてるのよ」
「い、意志…?」
「そう。それも、かなりプライドが高くて、短気な『王様』の意志がね」
リリスは楽しそうに笑う。
「『石ころ』なんて言われたものだから、カチンと来ちゃったのよ。自分を正しく評価しない奴には、敬意を払わせる。そういう王様なの。あんた、とんでもないじゃじゃ馬を拾ったわね」
王の意志。じゃじゃ馬。
ユウマは、手のひらで温かく輝く宝石が、いつ爆発するとも知れぬ時限爆弾にしか思えなかった。
「なあ、ユウマ。面白いから、この子の力、もっと引き出してみない?」
リリスが悪魔のように囁きかける。
「絶対にいらないから!!」
ユウマの悲鳴が、静かな森に虚しく響き渡った。
神速の代償で身体はボロボロ、手には意志を持つオーパーツ。
彼の平穏な生活を取り戻す旅は、スタート直後から絶望的な暗礁に乗り上げていた。




