第百八話 賢者の引退宣言と、王の遊戯盤
第百八話 賢者の引退宣言と、王の遊戯盤
「―――魂の宝玉なら、今、おまえが、持っておるだろう」
冥王エンマによって、明かされた、衝撃の真実。
一行が、探し求めていたはずの、伝説の秘宝は、最初から、ユウマの胸元に、あった。
そして、それは、友であるガガルの、命そのものを、繋ぎ止める、かけがえのない、枷となっていた。
ウィルナス王の、機械仕掛けの鳥が、去り。
魔界の、強襲が、嘘だったかのように、静けさが、戻ってきた、街道。
馬車の中は、奇妙な、達成感と、それ以上に、巨大な、徒労感に、包まれていた。
「…そっか…」
ユウマは、静かに、呟いた。
「…なんだ。じゃあ、もう、探す、必要、ないじゃないか」
彼は、心の底から、安堵していた。
面倒な、宝探しゲームから、解放された。
ガガルさんも、無事だ。
もう、これ以上、危険な旅を、続ける、理由はない。
「よし!」
ユウマは、パン、と、軽やかに、手を叩いた。
そして、仲間たちに向かって、これまでで、最も、晴れやかで、希望に満ちた、笑顔で、宣言した。
「みんな、聞いてくれ! 俺たちの、旅は、ここで、終わりだ!」
「…は?」
仲間たちの、素っ頓狂な、声が、揃う。
「俺は、決めた! 王都に戻って、『星見の塔』に、引きこもる!」
ユウマは、夢見るような、目で、語り始めた。
「もう、王様にも、魔王にも、関わらない! 毎日、チビすけと、遊んで、本を読んで、たまに、みんなで、街の、居酒屋にでも、飲みに行く! そうだ、これこそが、俺の、求めていた、スローライフだ!」
それは、彼の、魂からの、高らかな、引退宣言だった。
しかし、その、あまりにも、ささやかで、あまりにも、切実な、願い。
それを、聞いている、仲間たちの、表情は、なぜか、困惑と、そして、憐憫に、満ちていた。
「主サマ…」
アイが、痛ましげに、ユウマを見る。
「…言ってることが、完全に、燃え尽きた、サラリーマンなんだけど…。大丈夫?」
「ユウマ様…」
ガガルも、神妙な顔で、頷く。
「確かに、数々の、激戦、お疲れのことと、存じます。…しかし、貴方様の、覇道は、まだ、始まったばかり…!」
「賢者様は、少し、お休みが、必要なのですね…」
アリアは、すでに、癒やしの祈りを、捧げ始めていた。
「…無駄よ」
リリスだけが、やれやれ、と首を振った。
「あの子は、まだ、分かっていないのよ。…自分が、もはや、個人の、都合で、生きられる、存在では、ないということを」
リリスの、その、不吉な、予言が、現実のものとなるのに、時間は、かからなかった。
ヒュンッ!
三度、白銀の、機械仕掛けの鳥が、寸分の狂いもなく、馬車の中へと、舞い込んできた。
そして、テーブルの上に、新たな、水晶の筒を、落とす。
ウィルナス王からの、三度目の、メッセージ。
ホログラムが、現れる。
その顔は、もはや、怒っても、呆れてもいなかった。
ただ、心底、楽しそうに、笑っていた。
『―――見事だ、賢者ユウマ。俺も、エンマも、そして、魔界の、愚か者も、全員、出し抜くとはな』
王は、完全に、ユウマが、全てを、計算し尽くして、『魂の宝玉』を、手に入れたと、解釈していた。
『ゲームの、盤面は、リセットされた。いや、むしろ、ここからが、本番だ。…貴様の、引退宣言も、耳にしたぞ。『隠居して、本を読む』か。…面白い。実に、面白い、次なる一手だ』
王の、金色の瞳が、キラリ、と輝いた。
『ならば、その、望み、叶えてやろうではないか』
ホログラムが、切り替わり、そこに、一枚の、古びた、地図と、一つの、巨大な、建造物の、イメージが、映し出された。
それは、何百万冊もの、書物によって、築かれた、巨大な、図書館の、要塞だった。
『創世の宝玉が、一つ、『知の宝玉』。それは、百年周期で、世界の、どこかに、出現する、移動図書館、『全知の書庫』の、最深部に、眠っている』
『そして、我が国の、賢者たちの、計算によれば、その、百年に一度の、出現が、明日だ』
ウィルナスは、悪魔のように、微笑んだ。
『本が、読みたいのだろう? 最高の、書斎を、用意してやったぞ。…さあ、どうする、『世界の器』よ。俺の、この、新たな、盤面で、今度は、どんな、奇跡を、見せてくれる?』
メッセージは、そこで、途切れた。
後に残されたのは、巨大な、移動図書館の、正確な、出現予測座標と、あまりにも、悪趣味な、王からの、招待状。
ユウマは、その場で、崩れ落ちた。
彼の、「本を読んで、静かに暮らしたい」という、最後の、逃避願望は。
この世で、最も、巨大で、最も、危険な、図書館への、強制参加チケットへと、完璧に、変換されてしまったのだ。
「おお…!」
ガガルが、感動に、打ち震える。
「自らの、『読書をしたい』という、欲求を、口にするだけで、伝説の、書庫を、呼び寄せるとは! なんという、言霊の力!」
「(違うんだよおおおおおっ!!)」
ユウマの、心の絶叫は、誰にも、届かない。
彼の、引退生活は、開始五分で、終わりを告げた。
そして、彼の、意思とは、全く、無関係に、二つ目の、創世の宝玉を巡る、壮大な、冒険の、幕が、上がってしまったのだった。




