第百六話 冥王の授業と、二人の王の板挟み
『…ごほん。では、チビすけ君。第一回目の、授業を、始めます。本日の、テーマは、『因果律の、重要性と、質量保存の法則について』…。まず、エントロピーとは…』
ユウマの胸元で輝く、『魂縛の宝珠』改め、『エンマフォン』から、冥王エンマによる、一方的で、あまりにも、高レベルな、遠隔授業が、始まった。
もちろん、赤ん坊であるチビすけが、そんなものを、理解できるはずもなく。
**きゅるる?**と、首を傾げた後、すぐに、興味を失い、ぷう、と、小さな光のシャボン玉を、一つ、生み出して、遊び始めてしまった。
『―――こら! 授業中に、無許可で、質量を、生成しない! 世界の、エネルギー総量が、乱れる!』
エンマの、厳格な、叱責が、響く。
しかし、その叱責は、チビすけではなく、なぜか、父親である、ユウマの、脳天に、直接、突き刺さった。
「いっ…たあ!?」
「『親の、監督不行き届きである! しっかり、教育するように!』」
(理不尽だ…!)
ユウマは、頭を抱えた。
この、スパルタ教育係は、子供が、言うことを聞かないと、親を、罰する、タイプの、教師らしい。
そんな、新たな地獄が、幕を開けた、翌朝。
一行は、ウィルナス王に、示された、次なる目的地、『冥界への鍵』が眠るという、古代遺跡へと、旅路を、再開していた。
その、道中も、エンマの授業は、続く。
『いいか、チビすけ君。魂とは、定められた、器に収まり、定められた、時を経て、定められた、場所へと、還るもの。決して、勝手に、現世に、留まったり、ましてや、蘇ったりしては、ならんのだ。…聞いているのか、佐藤優馬!』
「はい! 聞いてます!」
完全に、ユウマが、生徒になっていた。
その、あまりにも、シュールな光景を、仲間たちは、いつものように、壮大に、解釈していた。
「おお! 冥界の王、自らが、ユウマ様に、世界の、理を、ご教授しておられる! なんという、英才教育!」
「(…あれ、絶対、ただの、苦情処理だよな…)」
アイだけが、真実に、近いものを、感じていた。
やがて、一行が、ウィルナスの地図が示す、山岳地帯に、さしかかった、その時。
エンマフォンの、声の、トーンが、変わった。
『…待て。貴殿ら、どこへ、向かっている?』
その声には、明確な、警戒心が、含まれていた。
『この先に、感じる、空間の歪み…。まさか、『アヴェルヌスの古井戸』へ、向かっているのでは、あるまいな?』
「アヴェルヌスの古井戸?」
ユウマが、聞き返す。
『魂の、密入国に使われる、非正規の、ゲートだ!』
エンマの声が、厳しくなる。
『あのような、穢れた道を通れば、いかに、貴殿の魂が、特異であろうと、汚染は、免れん! 下手をすれば、二度と、現世には、戻れなくなるぞ! …誰だ、そのような、危険な場所を、教えたのは!』
その、瞬間。
ヒュンッ!
再び、白銀の、機械仕掛けの鳥が、一行の、目の前に、舞い降りた。
水晶の筒から、ウィルナス王の、ホログラムが、現れる。
『―――俺だが?』
ウィルナスは、まるで、エンマの声が、聞こえているかのように、せせら笑った。
『ウィルナス! 貴様か!』
エンマフォンから、エンマの、怒りに満ちた、声が、響く。
『久しいな、冥界の、石頭よ。貴様の、堅苦しい、正規ルートなど、待っていられるか。…それに、面白いではないか。彼が、魂の汚染に、どう、対処するのか。あるいは、その、概念誘導とやらで、穢れそのものを、浄化してしまうのか。実に、興味深い、実験だ』
ウィルナスは、悪びれる様子もなく、言い放った。
『貴様、賢者を、モルモット扱いするのも、大概にしろ!』
「実験体として、これ以上の、逸材は、おらん」
宝珠から、響く、声と。
ホログラムの、声。
二人の、王が、ユウマを、挟んで、壮絶な、舌戦を、繰り広げ始めた。
一人は、世界の、秩序を、守るため、ユウマを、安全な道へ、導こうとし、
一人は、自らの、好奇心を、満たすため、ユウマを、危険な道へ、突き落とそうとしている。
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
ユウマが、思わず、叫んだ。
『正規の、ルートがある!』と、エンマが、言う。
『まずは、我が冥界の、在外公館にて、渡航申請書を、提出し、身元保証人の、サインを取り付け、入国審査を、受けてから…』
「そんな、面倒な手続き、不要だ」と、ウィルナスが、断ち切る。
「力こそが、道を、こじ開ける。…ぐずぐずするな、賢者ユウマ。俺の、やり方で、進め。さもなくば、ベルゼビュートに、先を、越されるぞ」
進むも、地獄。
戻るも、地獄。
二人の、王の、あまりにも、面倒な、板挟み。
ユウマは、頭を抱えた。
彼の、仲間たちは、その光景を、キラキラした、目で見つめている。
((((おお…! 二人の、王が、ユウマ様の、寵愛を、巡って、争っておられる…!))))
ユウマは、ただ、静かに、思った。
(…もう、どっちでもいいから、早く、終わらせて、家に、帰りたい…)
その、あまりにも、純粋な、帰宅願望が、これから、二人の王の、想像を、遥かに、超える、第三の、選択肢を、生み出すことになるということを、まだ、誰も、知らなかった。




