第百五話 エンマフォンと、宇宙の風紀委員
「…せいぜい、私の、仕事が、増えぬよう、大人しく、しておれ」
冥王エンマの、その、最後の言葉を、ユウマは、思い出していた。
(大人しく、ねえ…)
無理に決まっている。自分の周りでは、常に、何かが、起きるのだから。
ガガルの復活を喜び、一行は、ウィルナス王からの、次なる、指示を待つべく、街道沿いの、宿場町で、一泊することにした。
その、宿屋の一室。
仲間たちが、それぞれの時間を過ごす中、アイが、キラキラした目で、ユウマに、近づいてきた。
「ねえねえ、主サマ。それ、貸して!」
彼女が指さしたのは、ユウマの胸元で、静かな、灰色の光を放つ、『魂縛の宝珠』だった。
「これ? なんで?」
「だって、それ、『エンマフォン』でしょ!? マジで、エンマっちと、話せんの? ちょっと、試してみたいんだけど!」
アイは、完全に、最新ガジェットに、興味津々の、ノリだった。
「やめとけって! あれは、そういうもんじゃ…」
ユウマが、止めるのも、聞かず。
アイは、宝珠に、向かって、元気に、話しかけた。
「もしもーし! エンマっち、聞こえるー!? こちら、アイちゃんでーす!」
シーン。
何の、反応もない。
「なーんだ、やっぱ、ダメか」
アイが、つまらなそうに、頬を膨らませた、その、瞬間。
宝珠が、**ブブブッ!**と、激しく、振動した!
そして、そこから、冥王エンマの、冷たく、不機嫌極まりない、声が、響き渡った。
『―――なんだ、その、馴れ馴れしい、呼び名は』
『及び、許可なき、通信は、冥界法第七条に、違反する。要件を、述べよ』
「うわ、マジで繋がった! 超ウケる!」
アイが、はしゃいでいる、その後ろで。
ソファに、寝そべっていた、リリスが、その声を、聞いた途端、顔を、盛大に、しかめた。
「…げ。この、黒板を、爪で、ひっかくような、声…。間違いないわ。宇宙で、一番、つまらない、男の声よ」
リリスは、億劫そうに、起き上がると、ユウマの胸の、宝珠を、じろり、と睨んだ。
「あんた、まだ、生きてたのね、エンマ委員長」
『―――ッ!? その、声は…リリス!』
宝珠から、初めて、エンマの、動揺した声が、響いた。
『やはり、貴様か! この、特級案件の、背後にいた、混沌の、元凶は!』
「委員長?」
ユウマが、首を傾げる。
リリスは、面倒くさそうに、説明した。
「昔、ちょっとね。世界の、理を、学ぶための、アカデミーみたいなのが、あって。そこの、風紀委員長が、アイツだったのよ。規則、規則って、うるさいだけの、石頭がね」
『貴様のような、規則を、破ることしか、能のない、問題児がいたからだ!』
エンマが、即座に、反論する。
『何度、始末書を、書かせたことか!』
「あら、そうだったかしら? 退屈だったから、全部、燃やしちゃったわ」
「『なっ…!』」
二人の、あまりにも、レベルの低い、そして、壮大な、口喧嘩。
どうやら、彼らは、神話の時代の、同級生(?)であり、天敵同士だったらしい。
その、時だった。
きゅるるん♪
ユウマの、腕の中で、退屈していた、チビすけが、楽しそうに、鳴き声を上げた。
そして、その、小さな、四枚の葉から、ぽわん、と、小さな、小さな、生命の光の、シャボン玉を、一つ、生み出して、遊んでいた。
その、あまりにも、無邪気で、可愛らしい、光景。
しかし、その、シャボン玉が、生まれた、瞬間。
エンマの声が、戦慄に、変わった。
『―――警告! 警告! 管轄外の、因果律に、属さない、高純度の、生命エネルギーの、無許可生成を、確認!』
『これは、魂魄循環法、第百二十八条、『世界の、総量保存の、理』に、対する、重大な、違反行為である!』
「は?」
ユウマが、呆然とする。
『おい、佐藤優馬! その、光る、赤子は何だ!? あれは、世界の、理を、根本から、覆しかねん、存在だぞ!』
エンマの、焦った声。
ユウマは、反射的に、我が子を、庇った。
「こ、こいつは、俺の、子供だ! 手を、出すな!」
『子供だと!? 貴様、正気か! あのような、概念の、塊を、野放しにしておけるか!』
エンマの、声が、厳しくなる。
『…仕方あるまい。その、赤子は、危険すぎる。世界の、秩序のため、私が、管理下に、置く』
「だから、ダメだって言ってんだろ!」
ユウマが、叫んだ、その時。エンマは、冷静に、しかし、とんでもないことを、言い放った。
『ならば、こうしよう。その、赤子の、所有権は、貴殿にあることを、認めよう。ただし!』
エンマは、断言した。
『その、危険な、存在を、正しく、世界の、理の、内側に、導くため。本日、この時をもって、私が、その子の、公式な、『保護観察指導員』兼、『教育係』に、就任する! 異論は、認めん!』
「……………はい?」
こうして、ユウマは、ガガルを、救った、代償として。
冥界の、超お堅い、官僚王を、我が子の、教育係(という名の、口うるさい、監視役)として、迎えることになってしまった。
宝珠から、エンマの、一方的な、声が、響き渡る。
『…ごほん。では、チビすけ君。第一回目の、授業を、始めます。本日の、テーマは、『因果律の、重要性と、質量保存の法則について』…。まず、エントロピーとは…』
きゅる?
チビすけが、不思議そうに、首を傾げる。
ユウマは、これから、始まるであろう、あまりにも、気の遠くなるような、育児(と、面倒な、遠隔授業)の日々を思い、静かに、天を、仰ぐのだった。




