第百四話 友の帰還と、王の焦燥
「この、ガガルの、命、そして、魂。もはや、その、全ては、貴方様のもの…」
ガガルの、これまで以上に、重く、そして、熱い、忠誠の誓い。
ユウマは、何も言わずに、ただ、その大きな身体を、ぎゅっと、抱きしめ返した。
生きて、帰ってきた。
今は、ただ、それだけで、十分だった。
「…ガガルっち…! よかったぁ…!」
アイは、号泣しながら、ガガルの、もう一方の腕に、抱きついている。
「ああ、女神様…! 奇跡は、ここに…。死の淵から、魂を、呼び戻すなど、神話の、時代の、御業ですわ…!」
アリアは、その場で、天に、感謝の祈りを捧げていた。
その、感動的な、再会の輪から、一歩、引いた場所で。
リリスは、静かに、ユウマを、観察していた。
(…変わったわね)
彼女は、ユウマの、その、穏やかだが、揺るぎない、瞳の奥に、これまで、なかった、確かな『芯』が、通ったのを、見抜いていた。
(…ただ、流されるだけの、おもちゃじゃない。…面白い。本当に、面白い子…)
やがて、感動の再会が、一段落すると、当然の、疑問が、湧き上がった。
「して、ユウマ様!」
ガガルが、改めて、ユウマの前に、ひざまずく。
「一体、冥界で、何が…? あの、秩序の王、エンマを、いかにして、屈服させたのですか!?」
その、あまりにも、壮大な、問いに、ユウマは、困った。
(屈服させたわけじゃ、ないんだけどな…)
「…いや、別に…」
ユウマは、正直に、答えた。
「…ただ、ガガルさんを、返してくれって、お願いして…。そしたら、俺が、世界の、バグみたいなものだから、仕方なく、返してくれた、というか…」
それは、彼なりの、誠実な、説明だった。
しかし、その言葉は、仲間たちの、勘違いフィルターを通して、究極の、覇王の、逸話へと、変換された。
「なんと…!」
ガガルは、戦慄した。
「自らが、世界の、理を、歪める、存在であることを、突きつけ、冥王に、選択を、迫られたと! 『友を返すか、世界を壊すか』と! なんという、究極の、交渉術!」
「まあ…!」
アリアも、息を呑む。
「貴方様の、存在そのものが、死の国の、王に対する、最大の、切り札だったのですね…!」
「(…もう、いいや…)」
ユウマは、もはや、訂正することを、諦めた。
「てか、主サマ、胸の、それ、何?」
アイが、ユウマの胸元で、静かな、灰色の光を放つ、『魂縛の宝珠』を、指さした。
「ああ、これ…」
ユウマは、複雑な顔で、宝珠に、触れた。
「…エンマさんに、付けられた、枷、というか…監視装置、みたいな…」
「枷だと!?」
ガガルが、激昂する。
「我が主君に、そのような、無礼なものを! 今すぐ、引きちぎって…!」
「だめだ!」
ユウマは、慌てて、ガガルを止めた。
「これを、外したら、ガガルさんの魂も、どうなるか…。それに…」
ユウマは、正直に、告白した。
「…次に、俺が、何か、やらかしたら、俺と、ガガルさんは、強制的に、冥界に、連れ戻されるらしい…」
その、衝撃的な、事実に、仲間たちは、言葉を失った。
しかし、その、重苦しい、空気を、ぶち壊したのは、アイの、能天気な、一言だった。
「へえ! つーことは、エンマっちと、いつでも、話せるってこと? 超ウケる! それ、なんていうの? 『エンマフォン』?」
「(エンマフォン…)」
ユウマは、その、あまりにも、あんまりな、ネーミングセンスに、めまいがした。
その、時だった。
ヒュンッ!
再び、白銀の、機械仕掛けの鳥が、空から、舞い降りてきた。
ウィルナス王からの、二度目の、使者だった。
鳥が、テーブルの上に、落とした、水晶の筒から、ウィルナス王の、冷徹な、しかし、どこか、焦れたような、声が、響き渡った。
『―――一体、どこで、何をしていた』
その声には、明確な、苛立ちが、含まれていた。
『貴様の、魔力反応が、この世界から、完全に、消失。その後、冥界の、理が、大規模に、乱れたという、観測データが、上がってきている。…説明を、求める。まさか、俺との、ゲームを、放棄して、先に、冥界を、攻略した、などという、ふざけた真似は、していないだろうな?』
ウィルナスは、ユウマの、冥界への、突入を、完全に、ゲームの、フライングだと、解釈していた。
『…まあ、いい。貴様の、その、常識外れの、行動パターンも、計算に、入れよう。…ゲームは、続行だ。我が、示した、地図の場所へ、ただちに、向かえ。…これ以上の、遅延は、認めん』
その、あまりにも、一方的な、メッセージを残し、ホログラムは、消えた。
ユウマは、深く、深く、ため息をついた。
冥界から、帰ってきた、ばかりだというのに。
休む暇もなく、次の、面倒事が、彼を、待っている。
腕の中には、親友の、魂の枷。
そして、空の彼方では、好奇心旺奮な、覇王が、彼を、手ぐすね引いて、待っている。
ユウマは、生き返った、ガガルの、顔を見た。
その、満面の、忠誠心に、満ちた、笑顔。
それを見て、ユウマは、静かに、思った。
(…まあ、こいつが、生きてるなら、いっか)
彼は、決意を、新たにした。
ただ、逃げるだけだった、旅は、終わった。
守るべきもののために、面倒事の、ど真ん中へと、突き進む。
それが、今の、彼の、新しい、日常なのだから。




