第百二話 冥王の裁定と、魂の枷
「往生際の悪い。…拘束せよ」
冥王エンマの、冷徹な、最終命令が、響き渡る。
数百の、冥界の役人たちが、一斉に、ユウマとガガルへと、殺到した。
ガガルは、魂の状態でありながら、凄まじい闘気で、次々と役人たちを、薙ぎ払っていく。しかし、敵は、無限に、湧いてくる。
「ユウマ様! ここは、俺が!」
「そんなこと、できるか!」
ユウマは、必死に、考えた。
この、絶望的な、状況を、打開する、方法を。
(帰るんだ…! ガガルさんを、連れて、帰るんだ!)
ユウマの**『帰還への、絶対的な意志』**が、再び、この、死の国の、理を、侵食し始めた。
灰色の、大地に、亀裂が走り、空が、悲鳴を上げる。
ユウマの、足元に、再び、現世へと繋がる、世界の、裂け目が、開きかけていた。
その、究極の、秩序違反を、エンマが、見過ごすはずがなかった。
「…仕方あるまい」
エンマは、静かに、玉座から立ち上がると、その、指を、一本、ユウマに、向けた。
その、瞬間。
ユウマの、身体が、金縛りにあったように、動かなくなった。
世界の、裂け目も、ぴたり、と、その動きを止める。
ガガルの、英霊の如き、闘気も、まるで、凍りついたかのように、霧散した。
絶対的な、上位者による、強制執行。
「…見事だ、小僧」
エンマは、ゆっくりと、彼らの、目の前に、降り立った。
その、感情のない、瞳には、初めて、驚き以外の、かすかな、感情が、浮かんでいた。
「ただの、友情という、非合理な、感情のために、死の国の、理を、ここまで、揺るがすとは。…我が、数万年の、統治の中でも、前例のない、案件だ」
エンマは、しばし、黙考していた。
論理的には、この二つの、危険なバグは、即刻、初期化(消去)すべきだ。
しかし。
彼の、完璧な、思考回路の、片隅で。
これまで、知ることのなかった、未知の、感情が、囁いていた。
(…美しい、と、思った…)
友のために、死の理に、逆らう、その、愚かさ。
主のために、魂となっても、戦う、その、忠誠。
それは、法にも、規則にも、書かれていない、しかし、確かに、心を、揺さぶる、何かだった。
「…判決を、下す」
エンマは、静かに、宣言した。
「魂番号77892、ガガル。貴殿の、魂は、本来ならば、忘却の川を経て、輪廻の輪へと、還るべきもの。しかし、その、忠誠心に、免じ、今回に限り、『執行猶予』を与える」
「そして、特級案件、『佐藤 優馬』。貴殿は、世界の理を、著しく、乱した、最重要危険因子である。…本来ならば、その魂ごと、この、冥界に、封印すべきところだが…」
エンマは、ため息をついた。
「…貴殿の、その、予測不能な、概念誘導は、監視下に、置く方が、むしろ、世界の、ためになるやもしれん」
エンマは、その、手のひらに、一つの、灰色の、宝珠を、出現させた。
「これは、『魂縛の宝珠』。ガガルの魂を、一時的に、この中に、封じ、現世へと、持ち帰ることを、許可する。…だが、これは、ただの、器ではない」
宝珠は、エンマの手を離れ、ユウマの、胸元へと、吸い寄せられるように、収まった。
「それは、貴殿と、ガガルの、魂の、両方に、繋がる、枷だ。…そして、我が、冥界と、常時、接続されている。言わば、貴殿は、今日から、『保護観察』の身だ。…次に、世界の理を、大きく、乱した時、私は、この宝珠を通して、いつでも、どこでも、貴殿と、その友の魂を、強制的に、この、冥界へと、引きずり戻すことができる」
それは、温情のようで、最も、恐ろしい、宣告だった。
「さあ、行くがいい」
エンマが、指を鳴らすと、彼らの、足元に、現世へと繋がる、正式な、転移の、魔法陣が、現れた。
ガガルの魂は、光となり、ユウマの胸の、宝珠の中へと、吸い込まれていく。
ユウマは、最後に、この、灰色の世界の、王に、一礼した。
「…ありがとう、ございます」
「…礼など、不要だ」
エンマは、そっぽを向いた。
「…せいぜい、私の、仕事が、増えぬよう、大人しく、しておれ」
ユウマの、身体が、光に包まれ、現世へと、送還されていく。
一人、残された、エンマは、自らの、玉座へと戻ると、山のように、積まれた、書類の中から、一枚の、新しい、ファイルを、取り出した。
そこには、『特級保護観察対象:佐藤 優馬』と、記されていた。
彼は、そのファイルに、一つ、ハンコを押すと、深く、ため息をついた。
彼の、完璧な、お役所仕事は、今日から、一つ、最も、厄介な、案件を、抱え込むことになったのだから。




