第百一話 魂の呼び声と、友の記憶
「ガガルーーーーーーーーーーーッ!!」
ユウマの、魂からの叫び。
その声は、忘却の理に支配された、この灰色の世界で、唯一、色を持つ、音の刃となって、響き渡った。
忘却の川に、足を踏み入れようとしていた、ガガルの魂が、ぴくり、と、その動きを止めた。
彼の、虚ろだった瞳が、わずかに、揺らぐ。
誰かが、自分を、呼んだ?
しかし、自分が、誰なのか、思い出せない。
ユウマは、走り続けた。
そして、ついに、ガガルの、巨大な、半透明の背中に、その手を、伸ばした。
「ガガルさん!」
その手が、魂に、触れた、瞬間。
ユウマの、心の中に、しまい込まれていた、ガガルとの、全ての、記憶が、激流となって、流れ込んできた。
―――初めて、出会った時の、圧倒的な、恐怖。
―――主君と、崇められ、戸惑った、あの日々。
―――自分の腕を、切り落としてまで、捧げようとした、狂信的な、忠誠。
―――戦場で、誰よりも、頼もしかった、その、大きな、背中。
―――宴会で、壊滅的に、センスのないラップを披露し、得意げだった、あの、滑稽な、笑顔。
その、一つ一つが、ユウマにとって、あまりにも、面倒で、あまりにも、暑苦しくて、そして、かけがえのない、宝物だった。
「思い出すんだ、ガガルさん!」
ユウマは、叫んだ。
「俺だよ! ユウマだ! お前の、主君だろうが!」
ユウマの**『友情という、絶対的な、記憶』**。
それが、忘却の理に、蝕まれかけた、ガガルの魂に、直接、注ぎ込まれていく。
【ユウマの『記憶』が、ガガルの『魂の核』に、直接、作用し、『自己同一性』の、概念を、強制的に、再起動させる】
ガガルの、虚ろだった瞳に、徐々に、光が、戻ってきた。
彼の、魂の奥底で、忘れかけていた、一つの、絶対的な、忠誠の炎が、再び、燃え上がる。
(…ユウマ…様…?)
そうだ。
我が、王。
我が、魔王。
我が、生涯を、捧げると、誓った、唯一の、主。
「…ユウマ、様…」
ガガルの、魂が、震える声で、呟いた。
「…なぜ、このような、場所に…?」
彼は、完全に、記憶を、取り戻した。
「よかった…!」
ユウマは、心の底から、安堵し、その場に、へたり込んだ。
しかし、安堵したのも、束の間。
二人の、周りを、取り囲むように、灰色のローブを纏った、冥界の役人たちが、音もなく、現れていた。
その数は、数百。
先頭に立つ、一体が、感情のない声で、宣告した。
「警告する、特級案件、『佐藤 優馬』。及び、魂番号77892、ガガル」
「貴殿らの、行為は、冥界の、秩序に対する、重大な、違反行為である」
「これより、実力を行使し、両名を、拘束する」
数百の、のっぺらぼうが、一斉に、こちらへ、向かってくる。
絶望的な、光景。
しかし、ユウマの隣で、記憶を、取り戻した、巨獣の血を引く、魂は、不敵に、笑った。
「フン! 痴れ者が」
ガガルは、ユウマの前に、立ちはだかった。
その、魂の身体は、生前よりも、さらに、力強く、輝いているようだった。
「我が主君の、御前である! たかが、死者の国の、役人どもが、その、汚らわしい手を、触れてよいと、思うなよ!」
ガガルの魂から、凄まじい、覇気が、放たれる。
それは、もはや、ただの、魂ではない。
友を、救うために、死の国まで、単身、乗り込んできた、主への、絶対的な、忠誠によって、さらに、その、存在を、昇華させた、**『英雄の魂(英霊)』**とでも、言うべき、輝きだった。
「さあ、ユウマ様!」
ガガルは、振り返り、満面の、笑みを、浮かべた。
「帰りましょうぞ! 我らが、帰るべき、場所へ!」
ユウマは、その、あまりにも、頼もしい、背中を、見上げていた。
彼は、友を、救いに来たはずだった。
しかし、気づけば、また、自分は、この、大きな、背中に、守られている。
「…ああ!」
ユウマは、涙を拭い、力強く、頷いた。
一人と、一魂は、背中合わせに、立つ。
彼らの、前には、冥界の、無数の、役人たち。
そして、その、遥か、彼方には、この、世界の、全てを、支配する、官僚王、エンマ。
ユウマと、ガガルの、冥界からの、大脱出劇。
その、幕が、今、上がった。




