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007 ささやかなお茶会

「お嬢様、話ってなんでしょうかー?」


 ミーアは約束の通り、夕食が終わった頃に私の部屋を訪ねてきた。

 きょろきょろと辺りを見渡しながら、どこか不安げだ。


 今までこんな風に呼び出したことがないから、そうよね。


 だけど今度こそちゃんと生き延びるためには、仲間が必要。

 私に起きた全てのことを説明するわけにはいかないけど、ちゃんと信用できる人を集めなきゃ。


 じゃないと父も、あいつらも倒せないから。

 特にミーアはその中でも一番重要だと私は思から、今日ここに呼んだのだ。


 この商会のこともよく知っていて、なおかつ父のことが大嫌いな点が私と同じだ。

 きっと良い仲間になってくれるはずだわ。


「ごめんね。急に呼び出してしまって。待ってたわ、ミーア」


 私は笑顔のまま、ミーアを部屋に招き入れた。

 部屋には父に隠れて買った、美味しい紅茶とクッキーが用意してある。


 クッキーにはチョコが半分コーティングされ、その上にカラフルな何かが散らしてある。

 少し前に買ったけど、もったいなくて取っておいたものだ。


 賄賂(わいろ)にしてはささやかすぎるけど、私たちにとってお菓子はかなりの贅沢品だ。

 父の元で働いていても貰える金額は微々たるもの。

 それでも私は、彼らの二倍もらえているけど。


 だけどこうやってお金が余っていると見つかってしまうと、父に没収されてしまうから。

 だからここではこういう贅沢をしないのが暗黙のルールなのだ。


「えー。お菓子なんてどうしたんですか? 執務室で一体何かあったんです?」

「ちょっと困ったことが起きちゃって。ミーアに少しお願いしたいことができてしまったの。でもまぁ、とにかく座って。食べながら話しましょう。紅茶が冷めてしまうわ」

「確かに、それは一大事ですね」

「でしょう?」


 驚いたようにお菓子と私を交互に見ながら、ミーアは部屋の椅子に腰かけた。

 簡素な木のテーブルに、同じ木の椅子。

 座り心地は安定に悪いけど、それでも気分は華やかなお茶会だ。


 いつかきちんとお金を稼げるようになったら、もっとマトモなお茶会がしたいものね。

 結局死ぬ前だって、貴族らしい食事をしたこともなかったし。


「で、一体、何があったんですか?」

「それがね、私来月に結婚させられることになったの」

「!」


 紅茶に口を付けようとしていたミーアは、その大きな瞳をさらに大きく広げながら、声にすらならない驚きを見せる。

 まぁ、普通はこういう反応よね。


 だって来月よ、来月。

 平民だって、結婚式には半年くらいの準備期間があるというのに。

 いきなり見たコトもない相手とすぐに結婚式だなんて、ありえないでしょう。


「え、な、えええ? 来月ですか? えええ⁉」

「そうなのよ。あの人の思いつきにも困ったものだわ」

「困ったものってそんな簡単に……。お嬢様、大丈夫なのですか?」


 今にも泣きだしそうな顔で、ミーアが私の顔をのぞき込む。

 実の親ですらあんななのに、赤の他人でしかないミーアの方がずっと私のことを思ってくれている。


 あの時は助けられなかったけど、今度こそ絶対に……。


「大丈夫ではないけど。でも仕方のないことよ。だって、逆らうわけにもいかないでしょう」

「それはそうかもしれませんが。いくらなんでも酷すぎます」

「そうね。普通ではないわよね」

「前からずっと思ってたんです。実の父親なのに、商会長のお嬢様に対する扱いが酷いじゃないですか!」


 ミーアの言うことはもっともだ。

 父は実の娘である私でさえ、他の使用人たちと同じ扱いをしてきた。

 

 子どもの頃から、食事にありつきたければ働け。

 働かない者は、この商会に必要ないという風に。


 子どもにだって容赦のない父は、平気で重労働をさせる。

 重たい荷物運びから、衛生環境(えいせいかんきょう)の悪い場所での掃除。

 それこそ、ありとあらゆることをさせられてきた。


 およそ、父の娘という親子関係の記憶はほぼない。

 むしろ娘である分、何をしてもいいとさえ父は思っているようだった。


「子どもはモノじゃないのにね。あの人の中ではそうではないみたい。母が生きていたら、もう少し違ったのかもしれないけど……」


 そうは言ったものの、おそらく母が生きていても今の状況とさほど違いはなかったはず。

 結局、みんな父のいいようにさせられるだけ。

 

 逆らえる人なんていないのよ。ううん、いなかったのよね。

 今までは。 


「その……結婚されるお相手は、お嬢様が知っている方なんです?」

「いいえ。顔すら見たこともないわ」

「はぁ⁉ いくらなんでもそれは」

「でもほら、顔を知っていたからってどうってこともないでしょう? どうせ拒否できないわけだし」

「それはそうですけど」


 どこぞの後妻(ごさい)に入れられるよりかはマシなのかしら。

 一応歳は近かったし、顔だって少しも好みではないけど悪くはなかったわね。

 しかも身分はあっちの方がずっと上なわけだし。


 そう考えたら、父にしては娘のためにマシな人を見つけてきた方だったのかしら。

 それ以外は難ありすぎて、結局一回目はあんな風に死んでしまったけど。


「でも気にならないんですか? 自分がどんな人と結婚させられるかって」

「一応、内容だけは聞いてるわよ。あの人が貧乏な男爵家を、お金で買ったみたい」

「うわぁ」


 お金で買ったと言う時点で、この後の展開が分かり切ったようなものよね。

 うまく行くわけがないじゃない。

 どこにこれで幸せになれる要素があるっていうのよ。


「だけどそうね。私も何から何まで全部、父の言いなりになるつもりはないの」

「アンリエッタお嬢様……。何か、策でもあるんですか?」

「ええ、ミーア。だからそのために、あなたも協力してくれるかしら」

「あたしで出来ることでしたら、なんでも協力しますよ。なにせ、賄賂はもうもらっちゃいましたからね」


 先ほどまでの泣きそうな顔から笑顔を作ったミーアは、クッキーを一つ取ると私に振って見せた。


 こんな些細な賄賂ですら、よろこんでくれるなんて。

 でもきっと、この借りは何十倍にもして返すからね。

 それまでもう少し待っててね、ミーア。


「ありがとう、ミーア。婚家に行ったあと、計画を始める時には必ずあなたを指名するから、その時はよろしくね」

「もちろんです。それまであたしはこっちで、お嬢様に役立ちそうなことをいろいろ頑張っておきますね」

「うん。ありがとう」


 おどけるミーアを見て、私も笑みがこぼれる。

 なんだかやっと、生き返って良かったとほんの少し思える自分がいた。


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