071 幸せ過ぎる時間
薄紫の長めのワンピースには裾いっぱいに白いレースの刺繍が施されていた。
そしてウエスト部分にやや太めのリボンがあり、その端は地面ギリギリまで伸びている。
ミーアたちが朝から張りきったおかげで、髪はゆるく後ろで編み込まれているし、いつになく化粧もバッチリだ。
いつもなら外へ出かける時は深くフードを被っていたから、なんだか落ち着かない。
この髪色を見たら、誰もが私だと気づいてしまうというのに、ミーアたちは大丈夫だと言い切っていたっけ。
父の悪評だけが流れ、確かに今の私は悲劇のヒロインらしいけれど、それでもね。
ちょっと目立ちすぎじゃないかしら。
このワンピースだってブレイスから贈られたものとはいえ、すごく私にしては派手だし。
待ち合わせ時間よりやや早くカフェに着いてしまった私は、一人そんな自問自答を繰り返していた。
ここはつい最近出来たばかりのオープンカフェ。
天気が良いせいもあり、通された席はまさにテラス席だった。
目立ちたくないのに、通りゆく人々の注目をすでに集めてしまっている。
こんなことならば、やっぱり帽子くらいはかぶってくればよかったわ。
もう。なんとか小さくなって、下でも向いていよう。
そんなことを考えながらコーヒーを飲んでいると、すぐ真上から声がかかった。
「遅れただろうか、すまないアンリエッタ」
「ブレイズ様!」
助けがやっと来たわ。
私は彼の声に、思わず立ち上がった。
しかし顔を見上げると、なぜかブレイズは私を見たまま固まってしまっている。
これはどういう反応なのかしら。
もしかしなくても張り切りすぎた感じ?
やっぱりそうよね。自分でもそう思うもの。
いくらデートだからって、いきなりこれはダメだったんじゃない?
気合入れすぎてドン引きされたとか嫌なんだけど。
「あの……おかしかったですか?」
なんとか私はそんな言葉を絞り出す。
「おかしい? ……ああ、いや、そうだな。君が美しすぎておかしくはなりそうだ」
「え⁉」
「外で会うのは危険すぎるな。他の男の目に入れたくもない」
「それはさすがに言い過ぎです」
真顔で何を言い出すかと思ったら、もう。
だけど嫌な気分はもちろんしない。
むしろさっきまでの落ち着かない気持ちも消えてしまっている。
たとえ少しくらい派手だって、ブレイズがこんな風に褒めてくれるのならばよかったとさえ思えてしまう。
人を好きになるって、本当に不思議ね。
「とにかく座って下さいな」
「あ、ああ」
私がそう言いながら微笑むと、ブレイズも微笑み返しながら正面の席に座った。
「今日はここでお茶をした後に、買い物をと思っているんだがどうだろう」
ブレイズはややゴツゴツとした大きな手の中に、何か紙のようなものを握りしめ、しきりにそれを確認している。
あれって予定表か何かかしら。
覗き込もうとすると、その仕草に気付いたブレイスが手を後ろに回し隠してしまう。
「どこに買い物へ行くんですか?」
「えーっと」
紙を隠してしまったせいか、ブレイズの視線が右左と泳ぐ。
もしかしなくとも、きっとデートプランをいろいろ考えたり、リサーチしたお店を書いてきたのだろう。
自宅でそれを考えながらメモしている彼の姿を思い浮かべると、可愛い。
あまり意地悪するのも悪いとは思いながらも、ブレイズのいろんな表情を見たくなってしまうからダメね。
「ブレイズ様となら、どこでもいいですよ」
「そうか」
どこまでも嬉しそうなその顔に、それ以上に私も嬉しくなる。
幸せ過ぎて、どうしたらいいのかしら。
「とりあえず……」
ブレイズのそんな言葉が終わらぬうちに、子どもの泣き声がどこからか聞こえてきた。
「ん?」
見れば道の奥から一人の女の子が、泣きながらこちらに歩いてくる。
辺りを見ても、女の子の親らしき人は見当たらない。
「もしかして迷子かしら」
そう言って立ち上がろうとする前に、先にブレイズが立ち上がって女の子に駆け寄っていた。
そしてその大きな体を屈ませて、女の子に優しく声をかけている。
私の位置からは少し離れてその会話は聞こえないものの、女の子は身振り手振りでなにかを訴えていた。
やっぱり迷子みたいね。
お会計を先に済ませて、あの子の親御さんを探さないとね。
私は会計の書かれた紙を持ち立ち上がる。
するとブレイズたちがいる方と真逆の方から走ってきた人が、私に体当たりをするようにぶつかった。
一瞬何が起きたのか理解できずに、私の体はその勢いに押され、そのまま後ろに尻もちをついた。




