070 聞きたい話
「アンリエッタ様、お話どうでしたか?」
ミーアはそう言いながら、どこか嬉し気に部屋に紅茶片手に部屋に入ってきた。
あの日以来、使用人たちはみんな忙しく過ごしている。
この屋敷の掃除は一旦おいて、ほぼ商会の仕事ばかりだ。
父を失脚させてから、内部を一掃したから。
賃金の見直しから、働き方も一新した。
今まではどんなに難しく大変な仕事も、父の割り当てによって行われてきた。
到底この人数では終わらないと思うような仕事であってもだ。
利益を追求した結果ではあるのだけれど、もちろんその分を使用人たちになど分け与えることはない。
すべて自分が好きなようにあの人は使ってきた。
それを使用人たちと話し合いながら、人数の調整や安全面の確認などやらなければいけないことは多岐にわたった。
もちろん私一人では到底間に合わず、ミーアや元の形だけの役員たちにも協力してもらっている。
その分利益率は減ってしまったものの、赤字になるまではいかなかった。
当分は父が山ほど蓄えたお金もあるから、大抵のことがあっても何も困ることはないだろう。
ただ少し驚いたのは、父から解放された使用人たちが辞めたいと言い出すのではないかと思っていたこと。
だけど、ほとんどの人間は商会に残ることを決めた。
元々、行き先のない者たちを父が集めていたせいもある。
だから扱いこそ酷かったものの、彼らにとっては生きる場を与えてくれていた父を心底恨んでいる人間は少なかったのだ。
私にはそれが意外でしかなかった。
あんな人でも、ほんの少しは必要とされていたなんて……。
「ブレイズ様からいろいろ聞けたわ」
私がそう言うと、ミーアは早く聞きたいとばかりにお茶を用意して椅子に座った。
今日ブレイズから父たちの話が聞けると知っていたミーアは、ずっと楽しみにしていたみたいね。
まぁ、ある意味観劇を見るよりも、よほど刺激的かもしれないわね。
ミーアは特に、一番初めから私の計画に乗っていてくれたから。
「焦らないでミーア。今日はまだ時間があるのだから」
「でもブレイス様からのお話なんて、気になるじゃないですか」
「父は少なくとも十年は収監されるそうよ。今のところ、横領と他国に自国の秘密を教えた罪に問われているみたい。でもそれだけじゃなくて、輸出禁止の物もこっそり輸出していたとかで、もう少し長くなるかも」
あの歳だから、向こう二十年以上そのまま収監されてくれてもいいのだけど。
中々これぐらいの罪では難しいらしい。
それどころか、父は裏にまで顔が効く存在だ。
いつどうやって収檻先から抜け出してくるのか。
それも考えないといけないわね。
一応、そのために恩は売ってあるけれど。
あの人たちがどれほど動いてくれるかは未知数なのよね。
「あの、いえ、そっちの話ではなくて……」
やや申し訳なさそうに私の顔を見上げるミーア。
てっきり父のことが気になっているのかと思ったのに、違ったのね。
ああ、ミーアもマリアンヌのことを気にかけていたから、そっちだったか。
気を取り直した私は、もう一つの話を始めた。
「マリアンヌ様たちは隣国へ渡ったそうよ。どうやらそっちにマリアンヌ様の従姉が住んでいるらしいの。でも貴族ではなくなったから、平民として小さな家を借りて二人で暮らしているみたい。その従姉の伝手で、マリアンヌ様が働き始めたって」
「え、元旦那様が~ではなくってですか?」
うわぁという、なんとも言えない顔をミーアはしている。
気持ちは痛いほど分かる。だって私も同意見だもの。
でもそんな気はしていたのよね。
平民になんてなりたくなかったダミアンは絶対に働かないんじゃないかって。
今はマリアンヌが望んだ結果として奮闘しているけど、本当に大丈夫かしら。
「あの人は平民としてなんて働けないんじゃないかな、たぶん一生……」
だからいつか、マリアンヌはその先を考えないといけない日がくると思う。
それがいつかは、私にも分からないし、もしかしたら一生来ないのかもしれないけれど。
「愛するって大変よね」
「……ですね。だからこそ、ですよ!」
「え、なにが?」
「でーすーかーら、今日のお話はどうだったんです? 久しぶりに会えて、どうだったんです!」
「え、ミーアの言ってた聞きたい話ってそっちだったの?」
「当たり前じゃないですか。どっちもないですよ。それです、聞きたかったのは」
ミーアはそう言いながら、前のめりになる。
まさか聞きたかった話が父やマリアンヌのことではなく、私とブレイズの話だなんて思ってもみなかったわ。
前にマリアンヌとミーアがブレイズの話で盛り上がっているのは聞いたけど。
でも今まで進展もなかったから、何も言わなかったのに。
「離婚もされたから、話の展開があるんじゃないかって気になっていたんです!」
「もぅ。そういうのは気にしなくていいから」
「えー。いいじゃないですか、アンリエッタ様。教えて下さいよぉ」
そうは言ってもねぇ。今さっきの出来事だし。
恥ずかしすぎる。
「あの……その、とりあえず明日デートというものに誘われたわ」
そう言い切ってから自分の顔がどうなっているのか理解した私は、思わず両手で顔を隠した。
もちろんミーアは黄色い声を上げ、どこまでも興奮したように喜んでいる。
明日の恰好はどうしようか。
支度のために他の使用人たちも集合させないとと張り切るミーアを横目に、私は余計に熱くなる顔を押さえることしか出来なかった。




