068 変わりつつある評価
「……返事を急ぐつもりはない。だが、考えておいて欲しい」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
ダミアンと父を排除してからちょうど一か月。
二人の近況をふらりと教えにきてくれたブレイズを、私は男爵家に招き入れた。
屋敷は以前よりは邪魔者がいなくなったせいかやや綺麗になったものの、引っ越しを検討していたため物が溢れかえってしまっている。
そんな中に招くのは躊躇したものの、彼との顔を合わすのもあの日ぶりだったから予定にはなくとも私は受け入れた。
お互いにとても忙しい日々を送っていた。
会いたくなかったかといえば、たぶん嘘になるだろう。
だが離婚よりも父の逮捕の件で、それこそ国を巻き込むほどの騒動になっていたから仕方ない。
私や商会にまでたくさんの嫌疑をかけられそうになったものの、ブレイズの父であり現公爵の口添えでそれは免れた。
どうやらあの幼い日のお礼ということだったらしい。
私なんて忘れていたくらいだけど、それでもありがたく受け取ることにした。
だが、問題はそこではない。
今そう、ブレイズが言った言葉だ。
「そんなに重く考えないでくれ。まだ早いということも重々承知している。だが、今や注目の的になった君を誰にも……」
「そうじゃなくて」
居間で近況報告しつつ、ゆっくり二人でお茶をするだけだと思ったのに。
この人は今自分がどれだけ爆弾発言したのかって、気づいていないのかしら。
でも気にしないでいいってことは、言葉通りの意味ではないんでしょう。
どうするのよ……。どうしよう。
そんなこと言われるなんて思ってもみなかったから。
「私に婚約を申し込みたいだなんて……その意味、分かっていらっしゃるんですか?」
大人げないとは思いつつも、私は自然と口を尖らせてしまっていた。
だってそうでしょう?
婚約って、婚約よね。
あの婚約よね。
私は今や男爵位を譲り受けたとはいえ、元平民であのダントレットの娘なのよ。
確かにダミアンとの離婚が決まって、父が私の手で失脚したと国中に広まってからは求婚の手紙がなぜか届いてはいたけど。
どうせそんなのは、商会のお金目当てだって思ってスルーしていたのよね。
でも、ブレイズはそうではないでしょう。
だって次男とはいえ、この国の騎士団長だしお金には困っているはずがないもの。
だとしたら、どういう意味なのよ。
ああこんな時、どんな顔をしたらいいのかまったく分からない。
普通ってなんだろう。
あまりに私には無縁の世界で、自分の胸の中にこんな感情があるなんてずっと知らなかったから。
嬉しいような苦しいような、ソワソワして落ち着かない感じ。
彼からの答えを聞きたいのに、同時に今すぐ耳をふさいでしまいたいくらいよ。
「もちろん分かっている。……すまない、やはり早すぎて迷惑を」
「そうではなくて、です」
確かに離婚してから一か月だから、早いのはそうだろうけど。
問題はそこじゃないでしょう。
しかし私の言いたいことが伝わらないのか、ブレイズの顔には?だけが浮かんでいるようだった。
「ではどういう」
「私が世間からなんて思われているのか知っているんです?」
「ああ」
「だったら、普通そんな話にはならないでしょう」
「なぜだ」
「なぜだって」
もう、これまた一から説明しなきゃいけないやつかしら。
この人はなんなの。世間に疎いといったって、それ以上でしょう。
「君は今自分が世間からどう見られているのか知らないのか?」
「え?」
まさかのブレイズの返しに、私の方が固まってしまった。
今どう見られているかって。
強欲なとか、腹黒とか、普通に考えてそんなもんじゃないの。
「あの商会長に子どもの頃から虐げられつつ、悲惨な結婚をさせられたにもかかわらず、自分の手で未来を勝ち取った儚くも芯のしっかりした女性だと社交界では噂が一気に広がっているんだ」
「……」
理解がまったく追いつかない私は、目の前にある紅茶を一気に飲み干した。
ほんのりと香る花の香りが、少しだけ頭をスッキリとさせてくれる。
「儚くも、芯のある?」
「ああ。元々、アンリエッタは美しいからな。目を付ける男どもは多かったんだ。だが君が爵位を得たことで、余計に悪目立ちしてしまったらしい」
「美しいって……」
「本当のことだろう」
さらりと真顔でそう言い放つブレイズの顔がマトモに見られず、私は両手で顔を覆い尽くした。




