006 誰にとっての最良
薄紫の瞳に銀色の髪の毛。
私と父はよく似ていた。もっとも、この性格以外はだけど。
「お前ももう二十歳だ。普通の娘ならばとっくに結婚している年頃だろう。このまま行き遅れてはまずいと思ってな。ずっと探していたんだ」
「それで、こんなにも急にということなのですね」
確かに結婚適齢期であるのは知っている。
でも、私は全て父の指示に従ってきただけのこと。
父の仕事を手伝い、恋愛などする時間もなく、ただ生きてきただけ。
二度目でも、本当に勝手な人。
何を言い返しても、きっと自分の主張を曲げはしないわね。
父は確かに商人としては優れているかもしれないけど、娘の私から見ても人としては最低だ。
自分以外の人間は全て、コマとしか見てはいないのだから。
仕事仲間であっても、家族であってもそう。
自分以外の人間は、みんな父にとったら使えるコマでしかないというグズさ加減。
それでも父だから……家族だから……。
私は、その機嫌を損ねないように……少しでも愛して欲しくて今まで頑張ってきたというのに。
「どうだ、嬉しいだろうアンリエッタ。しかも相手は他ならぬ貴族だ! こんなにいい話はない。没落寸前の男爵家が、持参金欲しさにお前を貴族籍に入れるというのだ」
「没落貴族……」
「そうだぞ。うちに足りなかった貴族という地位がお前の結婚によって手に入る。これでうちの商会はますます発展するだろう」
「……」
「全ては俺の言う通りにしておけば上手くいく。いつだってそうだっただろう!」
別に私の婚期を考えていたワケじゃない。
売れ残らないぐらいのギリギリさで、でも一番効率良く私を使いたかっただけ。
父にとったら、私はこの世で一番に使えて価値のある《《モノ》》だから。
しかも私と引き換えに、父が欲しかったものが手に入る。
「向こうの男爵家も、お前が子どもさえ産めば、平民だと文句を付けることもないだろう。そして男の子を二人産んで、一人を商会の跡継ぎとすれば我が家も安泰だ。ああ、良かった、良かった」
「しかしそれは産めれば、の話ですよね?」
「簡単だろう。ただお前は産むだけでいいんだから。ああ、だが女はダメだぞ。そんなものには大して使い道はないからな。男を産まないとな! ちゃんと二人産むんだぞ」
「……」
「ああ、なんていい日なのだろうな」
終始自分で自己完結をし、更には良かったと締めくくる。
まったく、なんと表現したらいいのだろう。
この胸にずしりと、鉛のようなモノを置かれたこの感じを。
母は難産の末、私を産んだ。
しかしそのせいで、もう母は子どもを産めない体に。
役立たずな私という女を産み、しかも二度と産めない体になるなんて。
そんな風に父と祖母から責め立てられ、母は私が幼い時に亡くなってしまった。
その上でなお、貴族籍が欲しいために私に結婚を強要する。
使えない私を上手く使ってやったと思っているのでしょうね。
ただの平民の商人と貴族の商人とでは、出来る仕事の幅も違えば客も違うのは分かる。
商人のくせになんて、言われることも確かになくなるだろう。
でもそうだとしても……。
「もし産めなければどうするつもりなのです? だいたい、結婚のみでは貴族籍は私にしか手に入らないのですよ」
「そこはちゃんと考えてある。一旦この商会をお前の名義として、息子が産まれた時に名義をそれに移せば良いんだ。だから、必ず何をしても産むんだぞ」
息子をここの跡継ぎにして、自分は結局実行支配するつもりなのね。
子どもだから、あくまでお飾りということなのでしょう。
「……」
「何を危惧しているか知らんが、これで何も問題なかろう」
父はそう言いながら、ニタリと笑った。
問題なかろう?
それはあなたにとっては、でしょうと、私は心の中で悪態をつく。
前回、私は夫の子を産むことはなかった。
ううん、それ以前に夫とそういう関係にすらなるこることはなかった。
私たちは三年もの間、白い結婚だったから。
でも今思えば、父は全て知っていたのかしら。
夫たちに問題があることを。
「私のお相手となる方は、どのような方なのですか?」
「まぁ、少し難はあるが大丈夫だろう。どうせ没落寸前で、うちの金がなければ生きていけないような奴らだ。お前が気にすることはない」
「……そうなのですね」
難があっても気にすることはない? まぁそうでしょうね。
気にしたって、嫌がって泣きわめいたって、もうこれは父の中で決定事項なのだから。
ただそう言うということは、やはり知っていたのね。
あの人が私を愛することはないということを。
本当に最低な人ね。
同じ血が流れているなんて、思いたくもない。
だけど今は大人しく従いましょう。
あなたの手を離れたあと、しっかりと全部やり返してあげるから。
「まぁ。ゆくゆくは男爵家も手に入るだろう。ああ、本当に今日はなんていい日なんだ」
そう言って、またガハハハッと豪快に笑い出した。
父にとっての最良の日は、いつか最悪の日になるまで。
私はただ冷めた目で、父を見つめていた。




