067 永遠にさようなら
「離婚したのか! まったくお前と言うやつは。だが白い結婚となれば、他の貴族を捕まえればいいからな。まぁ、いいだろう」
わざと先に報せを出しておいたおかげで、父は執務室で私を出迎えてくれた。
そんな言葉とは裏腹に、父はどこまでも満足げに髭を撫でている。
父の中では今頃、私の次の夫をどうしようか。
私にもう一度利用価値が生まれたから、どう使おうか。
そんなことを考えながら、ほくそ笑んでいるに違いない。
ほんの少し……。
そう一瞬くらい、父が何か私を思って言葉をかけてくれるのではないか。
そんなことを思った自分を消し去りたいほど、安定にクズな人ね。
分かってはいても、ほんの少し心がモヤモヤとする。
でもそうね。この先の結末を考えたら、それもきっと些細なことだったとなるだろう。
「次の結婚相手など心配いただかなくとも、自分のことはもう自分で決めますので大丈夫ですよ、お父様」
「お前にそんな権限などあるわけないだろう」
言い返したことに腹を立てたのか、今まで深く椅子に腰かけていた父はやや前のめりになる。
だけどどれだけ威圧されても、もう止まる気はない。
「もう大人ですので、いちいち指示をいただかなくても問題ありません」
「はっ。少し離れただけで、ずいぶん大きく出るようになったものだな」
父は額に青筋を浮かべている。
未だに私の強がりだとでも思っているのでしょうね。
「離れただけではないですよ、お父様。だいたい今やあなたは平民で、私は貴族となったわけですし」
「何を偉そうに! おれがお前を貴族にしてやったのだろう!」
「そうですね。ですが私としては、私のためにあなたの手に乗ってあげただけ」
「なんだと!」
「まだ分からないのですか?」
「何がだ!」
「あなたは私をコマとして使って、ご自分のいいようになさったつもりかもしれませんが、実際はその逆なのですよ?」
そう、逆。
私が父の計画を全て乗っ取ったのだから。
私が私としてちゃんと生きるために。
だから父の計画に乗るフリをして、こっちの都合のいいように全て書き換えていった。
「ど、どういう意味だ……」
「まずは爵位。これは便利ですね。成り上がりだろうが、なんだろうが身分は身分です。これがあるだけで、従ってくれる人間は多い」
「だからそれがなんだと言うんだ!」
焦りからか、父の額には汗が浮かぶ。
父のこんな顔など初めて見た。
そしてそう思っているのは、私だけではないはず。
奥に控える使用人たちだってそうだ。
「お父様が私に商会を下さったお陰で、私の地位は本当に確固たるものとなりましたのよ」
「あ、あれは! 一時的に名義をお前にすることで貴族の店とするだけで……」
「譲渡契約書もありますし、商会の他のメンバーや取引先も、もうお父様は必要ないとのことですわ」
「馬鹿な! そんなこと認められるわけないだろう!」
「でも、いつもお父様がなさっていたことですよね?」
「それは……」
「あなたの下で私は、本当によく学ばせていただきましたわ。その点だけは、感謝しています」
確かに初めの契約書には、期間が設けられていた。
そして私の子どもが生まれたら、その一人に商会を継がせつつも、自分が最高決定権をそのまま維持することも。
だけど文書なんていうものは、地位と金さえあればいくらでも偽装が出来る。
そう、かつて父がよく使っていた手だ。
だからこそ、今回の譲渡の部分から下を全部書き換えて、ただ普通に譲渡しただけの書類にしてしまった。
そして商会にも父の周りにも、誰一人としてこの件に反対する者などいなかった。
この人徳のなさ。
いくら力や商才があったって、所詮周りは敵だらけだったということ。
同業者でさえ、経営者が父ではなく私になるならば、まだ勝ち目があると思ったのか二つ返事で協力してくれた。
でもね……。私はどこまでいっても、この腹黒い男の娘でしかないのだけどね。
でもいいわ。
この人から全て奪えるのならば、どんな風に思われたって苦ではない。
今度は私が捨てる番だもの。
「お父様はコマとなるような人間ではなかったですものね。だからもう、必要ありませんわ」
「アンリエッタぁぁぁぁぁ!」
逆上し突進してくる父をかわすと、声を聞きつけた騎士たちが流れ込み、そのまま羽交い絞めにした。
「な、何なんだおまえたちは! なんの権限があっておれを抑え込んでいるんだ!」
契約書をこちらが有利になるように書き換えたあと、私は最後の仕上げとして父を売り渡したのだ。
率いた騎士の中に、よく知った顔……ブレイズがいた。
本来彼のような身分の高い騎士がするべき仕事ではないはずなのに。
今回の作戦を話した際、どうしてもと引いてくれなかったのだ。
私としては心強いけれど、本当にここまでしてもらっていいのだろうかと思ってしまう。
「大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
「それなら良かった。元ダントレット会長、あなたには他国に我が国の秘密を漏洩した疑いと、この商会の金を個人的に横領した嫌疑がかかっています」
「それは……」
証拠はすでにブレイズに提出してある。
どう頑張っても逃げられない罪だ。
一時的にうちの名前に傷がついても、元々悪名高い商会長の逮捕など、誰も気にも留めないどころか、むしろ喜ぶ人の方が多いだろう。
だけどこれだけでは、本来は弱いというのも分かっている。
父は投獄されたところで長くても十年くらいで、きっと出て来る。
だから父が出て来る前にもっともっと強くならなきゃね。
二度とここに帰ってこさせないようにするためにも。
「そのまま城に連行しろ」
「は!」
ブレイズの言葉に、抑え込んだ騎士たちが父の両脇を抱えて歩き出す。
父がいくら暴れても、屈強な男たちは身じろぎすらしなかった。
「こんなことをしてどうなるか分かっているんだろうな! 父親をこんな風に見捨てるだなんて!」
引きずられるように連行されながらも、父は必死に顔だけこちらを向きながら叫んでいた。
今さらどの口が言うのかしらね。
「……先に私を捨てたのはあなたでしょう」
金貨一枚の価値すらないと切り捨てたんだもの。
でもそうね。今の父にも、金貨ほどの価値もない。
さようなら、お父様。
永遠に会わないことを祈るわ。
「アンリエッタ、お前は!! 離せ離せ離せぇぇぇ!」
父の叫び声を気にする者はどこにもいなかった。
子どもの頃から父の背は、恐ろしく高いものだと思って生きてきた。
永遠に超えられず、そしてその陰で生きて行くしかないと。
だけど……。そう思い込んでいたのは、ただ抑圧されてきたからだと今なら分かる。
私はただ小さく見える父の背をずっと見ていた。




