062 あと少し
父はいつものように執務室の椅子に深く腰掛けながら眉間にシワを寄せていた。
立て続けに急用をお願いした上に、大した売り上げも上がってはいない。
怒りの原因はそのためだろう。
分かりやすいというか、なんというか。
ホント、この人は死ぬまで変わらなさそうね。
「なんだ、あの注文は!」
父は私を睨みつけたまま、机を強くたたく。
その勢いで、上に載っていた書類たちがいくつか床に落ちた。
私はそれを拾い上げながら、ゆっくりと父へ近づいた。
「今貴族のマダムたちの間でロースヒップティーが流行り出したんです。そのため、お父様には隣国よりアレを取り寄せていただいた次第ですわ」
そう、表向きはね。
バラ病を知らない人にとったら、ただのお茶でしかないし。
まさかあれが薬になる時代が来るなんて思いもしないでしょうね。
「あんなただの花の実になんぞ、なんの価値があるというんだ」
「少しずつ流行を取り入れ、貴族たちの中に溶け込むことそこが、お父様の目的だったのではないですか?」
「だとしてもだ! あんなもの、どれだけ売ってもいくらの価値にもならんだろう」
ただでさえ、貴族たちからうちは嫌われているというのに、私が貴族に嫁いで籍を手に入れたとはいえ、そんなに簡単に市場が広がるわけないじゃない。
だいたい、前回の時なんて私が貴族になって受けた恩恵など何もなかったのよ。
今回は私が動いているから、こうやって少しはあるだけなんだからね。
「だいたいお前は、あの公爵家にも近づけたんだろう。だったらもっと、軍事など中枢に取り入らねばならんだろう。そんな女たちの相手をしていてどうする」
「夜会などはそんな女たちで回っているのですよ、お父様。大物を落とすためには順序が必要ではないですか」
「ふん」
自分ではまったく何もしていないくせに、本当になんなの、この人は。
あああ、腹が立つ。
利用価値はなかったら、とっととどうにかしてしまいたいぐらいだわ。
でもまだダメ。
このバラ病だけはちゃんと終わらせないと。
それまでの辛抱よ。
これさえ終われば、絶対にそのふんぞり返った椅子の上から引きずり下ろしてやるんだから。
「公爵家の覚えも良く、今は次男である騎士団長に取り入っているところですので、その件はご安心下さい」
「そうか! 騎士団長か! それはいい。まったく、おしいことをしたな。お前にそれほどの器量があるのなら、あんな見込みも金もない男爵家になど嫁がせるべきではなかったな」
騎士団長という話が出たせいか、父は急に上機嫌になり声を上げて笑い出す。
まだダメだなんて思ったけど、やっぱり今殴ってしまいたいわ。
あんなのに嫁がせたのは、お前だろうって。
そのせいで私は一度死んだんだって。
言っても通じないと分かっていても、怒りと悔しさがお腹の奥底から湧き上がってくるようだった。
「バラの実は、もし不採算事業になるといけませんので、すべて私個人としてで大丈夫です。在庫も男爵家で管理しますので」
「そうか。それはいい。どうせ全部売ったところで、あんなものはいくらにもならんからな」
「そうですね。かかった費用は男爵家のお金からでも支払いますから安心して下さい」
「それならいい。あとで在庫は運ばせよう」
「ありがとうございます」
先に少し倉庫から持ち出して、あとでゆっくり運んでもらえばいいわ。
あの実の価値が分かる頃には、きっとあなたの顔を見るのも最後になるでしょうし。
絶対に後悔させてやるんだから。
だからあと少しだけ、聞き分けの良い娘を演じてあげる。
そんな感情が外に漏れださないように、私はいつものように父に微笑んで見せた。




