050 不安定
数日後、ようやくマトモに動けるようになった私はミーアたちの手を借り、中庭の一角にアンジェラの花の植え替えをおこなった。
屋敷からも、離れからも目につかない奥まった場所。
元あったバラたちに紛れ込ませるように植えたから、きっとダミアンたちは気づかないだろう。
病が流行った時に勝手に収穫されても困るからね。
少なくとも私を見捨てた人たちにこれを使う気などない。
金貨一枚でどっかから仕入れてくればいいのよ。
あるかどうか知らないけど。
もし手に入らなくても、私のせいではないわ。
自分たちの日ごろの行いでしょう。
「アンリエッタ様、離れから使用人がお伺いに来ていますがどうしますか?」
一人屋敷の見張りに付けていた侍女が、手を上げながらこちらに駆け寄ってきた。
こんな時間に離れからの使用人って。
マリアンヌからの遣いだろうけど、大丈夫かしら。
最近は行き来するのが普通になってきちゃっているけど、一応は外から見たら私たちは敵同士。
そう装うことで、意味があるっていうのに。
でも、あえてこの時間ってこともあるだろうし。
まぁ、使用人のお仕着せを着てきたから大丈夫かな。
「分かったわ。泥を落としたらすぐ行くと伝えて」
「承知しましたー」
走り出す侍女を見ながら、私はミーアに声をかける。
「ってわけだから、片付けはお願いしてもいいかしら」
「ええ。大丈夫ですよ。でも、本当に無理はダメですからね」
「分かってる。すぐ戻るわ」
手に付いた泥を洗い流し、お仕着せの汚れを払うと、私は足早に離れへ。
呼ばれた部屋に行くと、マリアンヌはいつもと様子が少し違っていた。
「何があったの?」
彼女を見た瞬間、そう言わずにはいられなかった。
「アンリエッタ……」
今にも泣き出しそうなマリアンヌは、部屋に入ってきた私に手を伸ばしながら近づいてくる。
いつもマリアンヌは、私と会う時でさえしっかりと化粧やドレスを着ていた。
キラキラとまぶしく輝く姿は、同性の私であっても綺麗だと思うほど。
しかしそれが今日はどうだろう。
目の下には大きなクマがあり、化粧は泣いたせいだろうか。
かなりよれてしまっている。
しかもバイオレットの髪は癖がついたように、輝きもない。
どこか病弱にさえ思うほど、やつれてしまっていた。
前回会ったのは何日前だった?
確かに今回の私の怪我のことで、マリアンヌが心を痛めていたのは知っていたけど。
でも、それだけでここまでなるかしら。
あれだけ気にしないでって言ってあったのに。
「何があったんですか?」
「……怪我は?」
「もう大丈夫ですよ。この前もその話しましたよね」
「……ええ」
「で、今日は何があったんです?」
私はマリアンヌの手を取ったあと、その顔をのぞき込む。
「アタシ、分からなくなってしまったの」
「何がですか?」
ゆっくりと私は彼女の言葉に耳を傾ける。
部屋の中にいた侍女たちは、やや申し訳なさそうな顔をした後、みんな退出していった。
「何もかもよ」
「それでは私がわかりません。一個ずつ何があったか説明して下さいませんか? まずは座りましょう。顔色が悪すぎます。寝てないのでは?」
「……寝れなくて」
「でしょうね。そんな顔してますよ」
マリアンヌの手を引きながら、ベッドの縁に二人で座る。
憔悴しきったマリアンヌは、少しづつこの数日のことを話し出した。
「あの人が、ダミアンがアタシにご機嫌取りをしてくれているの」
「まぁ。でしょうね」
それは想定内だ。
マリアンヌの前で私に手を出そうとしたのだもの。
自分は妻になんて本当に興味ないんだアピールしておかないとね。
「今度の夜会にアンリエッタではなくアタシを連れて行くと言っていたわ」
「ああ」
前回もそんなことがあったわね。
私は確かに彼の妻だけど、ダミアンが本当に愛していたのはマリアンヌだけ。
お金のために仕方なくって形を通して、貴族たちの同情を買ったんだっけ。
そのうちあるとは思っていたけど、随分前回の時と話が変わってしまったから、もうないのかと思っていたわ。
「ああって、貴女。自分が怪我をしている時に、そんなのおかしいと思わないの?」
「でもほら、そこはあの人らしいといえばそうじゃないですか。あの人なりのマリアンヌ様への誠意なんでしょう?」
「そうかもしれないけど! そうかもしれないけど……アタシは何もうれしくないわ」
そんな言葉とともに、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
ずっと考えていたのだろう。
ダミアンに夜会を提案されて、本来ならばうれしいはずなのに、私のことを深く知ってしまったために、マリアンヌはマトモに喜べなくなってしまった。
お互いの計画のために共闘することになったのだけど、最近は本当に友だちのようだったからなぁ。
マリアンヌの気持ちは、すごく分かる。
「好きな人のことより、私のことなど考えてどうするんです?」
「だって、だって……。貴女も大切なのよ」
マリアンヌの言葉に、私の方が泣きそうになる。
こんな風に、誰かに大切だと言われたのは生まれて初めてだ。
こんな関係性ではなかったら、もっと仲良くなれたのかな。
でも、どんな関係であっても本当にうれしい。
「私もマリアンヌ様が大切ですよ。あなたが泣いていたり元気がないと、私まで落ち込んでしまいますわ」
「もう……」
「あの人のことで私に気兼ねすることは何もないですよ。前にも言いましたが、少しも興味ないので。でも友達として言わせてもらえるなら、あんな男よりもっといい男がいると思うんですがねぇ」
「……アタシもそう思うわ。なんか、すごく好きなのに。どこまでも好きなのに。でも、それがどこかって言われたら、分からなくなっちゃった」
痛々しいまでに泣きながら笑うマリアンヌの背中を、私はただ擦ることしか出来なかった。




