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004 生まれ変わるために

 作業場の奥に作られた、簡素(かんそ)な休憩所。

 私たち従業員は、いつもここで交代で休んでいたのだ。


 もちろんサボっているわけではない。


 許されたほんのわずかな時間だけ、ただ交代で体を休ませ仮眠を取る。


 そうでもしないと、父が言いつけた仕事は多岐にわたり、倒れてしまうから。

 朝から晩まで、それも毎日。

 ほぼ休みなく私たちは働かされていた。

 

 ここに集められた使用人や従業員は、他に行くあてがない者たちばかりだから。

 父はそこに付けこんで、タダ同然でこき使っているのだ。


「どういうこと? なんで、私生きているの……」

「本当にどうしちゃったんですか、お嬢様。さっき少し休憩するって寝ちゃってから変ですよ。悪夢でも見たんですか?」

「寝てた? 私が? あれが全部夢だったっていうの?」


 夢なんて思えないほどよ。

 だって、ただ寝ただけでそんな何年分の人生の夢なんてみないでしょう、普通。


 もう一体、何がどうなってるの。

 意味が分からないわ。

 

「よほど変な夢を見られたんですね。かわいそうに。今日はかなり作業多かったですもんね。あんなに倒れるように寝ちゃうお嬢様なんて、初めて見ましたよ」


 少なくとも、ミーアが嘘を言っている感じはしない。


 でもどうして?

 死んだのではないというなら、これはどういうことなのかしら。


 バラ病もなくて、ミーアも生きている。

 しかも私が実家でまだ働いてるってことは、結婚もしていないってことよね。


 もしかして!


「ミーア、今日は何年何月何日なの?」

「へ?」

「だから今日はいつなの?」


 咄嗟(とっさ)に聞かれたミーアは、やや上を見上げながら考え込む。


「えっと、確か帝国歴五十七年七月六日だったかと思いますけど? それがどうしたんですか?」

「帝国歴五十七年の七月六日……」


 それってやっぱり、私が結婚させられる前じゃない。

 というより、今年父からの命令で結婚させられる年だわ。


 どういう仕組みか全く分からないけど、橋から身を投げた時からここまで時間が巻き戻ったってことよね。


 一度死んで、戻ったってことかしら。

 でも、なぜ?


 まさかあの時、神様を恨んで死んでしまったから、そのお詫びとか?


 多分そんな簡単なことじゃないのだろうけど、どちらにしても時間が巻き戻ったことには変わりなさそう。


「また……戻って来たのね。誰かに生まれ変わるんじゃなくて……」


 どうせならもっと、何不自由ない人の人生が良かったけど。

 でも戻されたのなら、その意味がどこかにあるはずよね。

 

「へ? ホント、お嬢様どうしちゃったんですか? 熱でもあるとか」


 そう言いながらミーアが私の額に触れる。

 少しガサガサした冷たい手。


 その手を見ると、心から思える。

 私たちは本当に父に言われるまま、こんなにも苦労してきたのね。


「ううん。大丈夫。何でもないのよ。少し寝ぼけてしまったみたい」

「それならいいんですが。無理はしちゃダメですよ?」


「ミーアもね。無理して病気にでもなってしまったら大変だわ」

「お嬢様知らないんですか? あたしは今まで風邪すら引いたことないんですよ!」

「今までは、ね。でもこの先は分からないでしょう」


 そう。人なんてあっという間に死んでしまうもの。


 どういう理屈だとしても、戻って来たということは、今度こそ未来は変えられるんじゃないかしら。


 ううん。誰か他の人間に生まれ変われなかったのなら、私が私としてもっと強く別の人間のように生まれ変わればいい。


 今度こそ、自分で決めてあの凄惨(せいさん)な未来を変えるわ。


 二度とあんな惨めな死に方なんてしないために。

 そして大切な人たちも救ってみせる。


「なんかお嬢様、少し変わりました?」

「そうかもしれないわね。生まれ変わったから」

「えええ。寝ただけで生まれ変わるって、どういう仕組みなんですか⁉」


「ね。私もそう思うわ。でも強く生きようって思えたの」

「不思議なこともあるんですね」

「本当ね」


 記憶が確かなら、きっとこの後お父様に呼ばれるはず。

 未来を知っているからこそ、私を死に追いやったモノたちなど怖くはない。


 今度こそ、もう誰かの思い通りに私の人生を明け渡したりしない。

 全部まるっとやり直すのよ。新しいアンリエッタとしてね。


「アンリエッタ様は、こちらにいらっしゃいますか?」


 若く色白い男性の使用人が、きょろきょろと作業場に入ってくる。


「あー、ここにいますよ。どうしましたか?」


 私の代わりにミーアが答えると、男性使用人はそそくさとこちらにやって来る。


「あの、商会長様が急ぎでアンリエッタ様をお呼びするようにと。執務室まで早急に来てくださいとのことです」

「早急に、ねぇ……」


 いつもだったら、走ってでも私は行っていたわよね。

 だって父の命令は絶対だから。

 だから少しづつでも変えていかなくちゃ。


「でも私、まだ仕事途中なのよ?」

「えええ。そんなこと言わないでくださいよ。ボクが商会長様に怒られてしまいます」

「アンリエッタお嬢様、どうしちゃったんですか? 走ってでも行かないと、お嬢様も商会長に怒られちゃいますよ」


 目を丸くする二人を見ていると、少し面白くなってくる。


 まぁ、でもそうでしょうね。今までを考えたら、そうしてきたのだから。


 でも今は違う。

 あの人が全てではないって知ってしまったのよ。


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