003 死に戻り
夢を見ていた。
ふわふわと温かく、柔らかな夢。
内容は覚えていないのだけど、そこには私が幼い頃に亡くなった母もいた気がする。
そしてそこにいた誰かは、私に温かい言葉と祝福を述べていた。
『今度こそ、自分で選んだ道を――』
確かにそんな言葉だった気がする。
でも今度なんてあるのだろうか。
生まれ変わるってどんな気分なのかしら。
少なくとも、私という人間はいなくなるってことよね。
だけど幸せになれるなら、それもいいかもしれない。
いいことなんて、何一つなかったから。
男でも女でも、何でもいいわ。
自分で自分の道が選べて、誰かに愛されさえすれば。
どこまでも温かな光が、降り注いでいる。
あれだけ冷たかった雨も、川の水も何も感じない。
たったそれだけのことで、どこか心が満たされていく気がした。
「……タ様……、アンリエッタお嬢様!」
体をゆらされる感覚で目を覚ます。
顔には夢で見た時のように、窓から薄日が差していた。
未だに私という人格が残っているということは、どうやら橋から身を投げたのに、死にきれなかったようだ。
残念というか、運が良いというか。
もしかしたら駆け寄って来る人が見えたから、助け出されたのかもしれないわね。
でも、ここはどこかしら。
見たコトがあるような、ないような。
ぼんやりとする意識を浮上させながら、やや気だるい体を起こせば、見慣れた顔がそこにはあった。
「え? ミーア?」
クリーム色の肩までの髪に、ブルーの大きな瞳。
侍女の制服というには、やや薄汚れて使い古されたお仕着せを着た小柄な女性がそこにいた。
もう会えることなどないと思っていた彼女の顔を見た瞬間、私は思わず抱きついていた。
温かなミーアの体。
姿形も、あの頃と何一つ変わっていない。
死んだとしても体温ってあるのね、不思議。
でもいいわ。ミーアに会えたのならば。
さっきは死にきれなかったなんて思ったのに、ちゃんと橋から落ちて死ねたんじゃない。
私ったら勘違いしちゃった。
「ミーア! ミーア」
「ええ。ミーアですよ?」
「本当にミーアよね? 一緒に幼い頃からお父様の元で働いていた、うちの使用人の」
「だから、そうですってば。他に誰がいると言うんですか」
「そうね。ただ少しビックリしてしまって。久しぶりね、ミーア。天国でも、会えてうれしいわ。ずっと、あなたに会いたかったのよ」
「お、お嬢様? どうしちゃったんですか。もしかして寝ぼけちゃってるんです?」
ミーアはその華奢な体を私に抱きしめられながら、困惑していた。
寝ぼける? 私が?
そんなはずないじゃない。
だってこうやって、ミーアを抱きしめることが出来ているんですもの。
「だって私たちはバラ病で……」
「へ? バラ病って何ですか?」
きょとんとした顔で、ミーアは私を見ている。
どういうこと?
何が起きたっていうの?
バラ病を知らないなんて。
ミーアはそう、私よりも先にあの病に感染し、その命を落とした。
私がかかるよりも一年以上も前だっけ。
気づいた時にはもう遅く、どうすることもできなくなっていた。
だから痛みに苦しむミーアを、ただ泣きながら私は看取った。
そんなミーアが目の前で生きている。
これが天国じゃなくって、なんだと言うの。
「現実逃避したい気持ちはよーぉく分かりますよ? ですが、残念。この世に天国などないのです。あるのはいつもの日常という現実だけですよ、アンリエッタお嬢様」
ミーアはいつものように、片目でウインクしながらおどけて言った。
生きてた時と寸分変わらぬ姿に、その言い方。
何から何まで、過去の話でも見ているみたい。
過去?
私はふと自分の中に浮かんだ言葉が引っかかり、辺りを見回す。
それは今まで何度も見てきた、商会の作業場だった。
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