026 深夜の来訪者➁
「それはこの男爵家がってことですか?」
こんな没落寸前の家が欲しかったなんて、意外ね。
彼女みたいな美人なら、別にココに固執しなくても良さそうなものなのに。
「貴女、馬鹿なの?」
「は?」
「……話にならないわ。貴女もあの父親と同じ人種なのね」
「父を知っているのですか?」
っていうか、あの父と同じ人種とか言われるのは、いくら私でも不愉快だわ。
今の私の発言、彼女を怒らせるほど、どこかおかしかったかしら。
「ええ。貴女とダミアンの結婚の話が出た時に、辞めてもらうように交渉に行ったのよ!」
「へー。それはまた、すごいですね」
「何で他人事なの?」
「いえ、そういうわけでは? ただ父に抗議しに行くなど無謀かと思いまして……」
父は抗議なんかで動くような人間ではない。
同情や情け、それに感傷といったものにも動かされることはない。
その体に赤い血が流れていないと言われても、私は決して驚きもしないわ。
あの人が自分の意見を曲げることなんて、絶対にないから。
例え貴族に何か言われたとしても、裏から手を回すに決まっている。
そして私はそんな光景を何度も見てきた。
「貴女、アタシを馬鹿にしてるの?」
「いえ。むしろその逆で、すごいなぁと感心していたところです」
「そういうのを馬鹿にしてるって言うのよ!」
「そうなのですか? 貴族になってから、まだ日が浅いものでどうぞご容赦ください」
貴族って難しいわねぇ。
これから貴族として生きて行かなきゃいけないのに、困ったものだわ。
「貴族とか、そういうコトじゃなくて……。あー、もういいわ。貴女と話してると論点がずれていく」
「そうですか? そんなつもりはなかったんですけど」
「貴女、変わってるって言われない?」
「どうでしょうか……。そういうコトを言い合うような友だちもいないので」
ミーアたちは仲間で同志のような存在だけど、友だちというのは少し違うのよね。
どこまでいっても、私たちの間には少し隔たりがある。
それはあくまでも、使用人としての心遣いなのだろうけど。
考えたら、友だちっていなかったわね。
今回はちゃんと作ってみようかしら。
頑張ったらどうにかなりそうだし。
きっと友だちがいた方が、人生楽しそうよね。
「……ホント、貴女も大概ね」
「はぁ、すみません?」
でも今までの話からすると、彼女は私とダミアンとの結婚を阻止しようとしていた。
あの父に抗議しに行くほどに。
かといって、それはこの男爵家が欲しかったからの行動ではない。
「マリアンヌ様はもしかして、あの人……ダミアン様を愛しているのですか?」
「もしかしなくても、そうよ! 普通そうでしょう」
マリアンヌは真っすぐに私を見据えていた。
その瞳に嘘はない。
ああ、そうか。
だったら許せるはずないわね。
「すみません」
「どうして貴女が謝るの? やめてよ。惨めになるから」
「でも、すみません」
「だから!」
「全てうちの父のせいです」
「……知ってるわよ。アタシだって、貴女のせいではないことぐらい」
知ってたんだ。
私がこの結婚に賛成などしていないことを。
でもだったらどうして、今日ここへ来たのかしら。
「知っているのなら、マリアンヌ様はどうしてここへ?」
「交渉しに来たのよ」
「交渉? それは一体、どういう意味ですか?」
「これ。貴女が一番欲しいものじゃなくて?」
マリアンヌはそう言うと、持っていた黒い背表紙の重厚な本を私に掲げて見せる。
「それは?」
「この男爵家の帳簿よ。探してたんじゃないの? わざわざ離れにまで偵察に来ていたみたいだし」
バレていないと思っていたのに、あの年配の侍女には私が誰か分かっていたのね。
この色の髪の人間は少ないから、なんとなくバレそうな気はしていたけど。
顔合わせしていないから大丈夫だって安心していた。
もう、ミーアの言うことを聞いておくんだったわ。
失敗しちゃった。
だけど、なぜマリアンヌは帳簿を私に見せてくるのかしら。
その狙いはなに?
こっちの手の内を明かすわけにもいなかいし……。
困ったわね。
「……」
「別に隠さなくてもいいのよ。こっちだって、見返りを求めてのコトだから」
「見返り……ですか」
「ええ、そうよ」
「で、どうするの? 欲しいのよね」
さて、どうしたものかしら。
確かにあの帳簿は、私たちの今後にどうしても必要となるもの。
でも果たして彼女が求めるものをこちらが出せるのか。
そこが何とも言えないのよね……。




